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僕のものではない君に

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僕のものではない君に

 ずっとずっと子どもの頃、ぬいぐるみを抱いて寝ていた気がする。
成長するにつれどこかに行ってしまったが、大きなぬいぐるみだった。
クマだったか、犬だったろうか憶えていない。
なぜ、今朝はそんなことを思い出したのだろうか?
ゆっくり覚醒しながらガムリンはベッドの中で思った。

過ぎた酒のせいか、重い頭を抱えながら起きあがろうとした時だ、何かが自分の上にあることに気づいた。
人の頭? 男だ。茶色の逆立った髪の男が自分の胸に懐くように頭を寄せ眠っているのだ。 いったいこれは?
慌てたガムリンが、勢いよく身を起こした拍子に胸の上にいた男がベッドから転がり落ちた。
「痛ってぇなぁ~。なにすんだよぉ、いきなり」
見覚えのない男だ。
「お、おまえこそ、何だ、何者だ!」
「俺は熱気バサラ、 たぶん、だけどな」
「たぶん?だと?」
曖昧な答えに首を傾げながらガムリンは昨夜のことを回想し始めた。


たいして好きでも、強くも無い酒を、一人で飲んで帰った。
飲んだところで気は晴れることは無く、酒に逃げていることが更にひどい気分にさせた。
何気なく蹴った小石の先、電信柱にもたれるように座り込んでいる男を見つけた。
身なりは飾り気のないシャツにジーンズといった簡素な格好だ。自分と同じような酔っ払いかとも思ったが、 具合でも悪くしていないかと声をかけてみた。
「おい、君。大丈夫か?しっかりしろ」
揺さぶるように体に触れたが、怪我や病気といった様子は見られない。
もう一度、声をかけると青年はゆっくりと目を開いた。
丸いメガネ越しに開かれた瞳は金色だった。
目が合うと一瞬青年は、親しい者に向けるような、柔らかい表情を見せた。
しかし、それはほんの数秒のことで、すぐに怪訝そうな顔に変った。
「ここは?あんたは誰だ?」
何を言っている?
ドラマや小説じゃあるまいし、記憶がないとでもいうのだろうか。 警察にでも届けなければとも思ったが、飲み過ぎた体は重く、もはや限界だった。
何でもいいから早く帰って眠りたかった。とはいえ、そのまま放って置くことも出来ず、 青年を自分の家に連れ帰ったのだった。


ふと見ると、青年はギターを手にしていた。
「それは、君の物か?」
「わかんねぇけど、たぶん俺のだと思うぜ」
「そうか、それなら、そこに書かれているのが君の名前らしい」
ギターにはBasara Nekkiと記されていた。
「熱気バサラか、悪くねぇな」
「そのギターが君の身元の唯一の手掛かりだ、明日、警察にでも行くんだな。
とりあえず、今夜は泊めてやるから寝るといい」
青年を連れ帰ったガムリンは毛布を一枚と、ソファを寝床として提供したのだった。
それがガムリンの思い出した昨夜の記憶だった。

それなのに、なぜ彼が一緒にベッドで隣に寝ていた?
床に転がり落ちた彼を見やると上半身裸だ。
自分もパジャマの前のボタンははずされ、引っかけている程度だ。
ガムリンは慌てて襟を掻き合わせた。仕事場での着替えることは多々ある。 男に裸を見られることも、見ることもそれ程、珍しいことでもない。それなのに随分と動揺している。
目の前の半裸の男は、床に胡坐をかき、大きなあくびをすると、 目じりにたまった泪を、幼いしぐさで拭った。

「だいたい、思い出した。確かにおまえを連れてきたのは俺のようだ。それは認めよう。 だが、なんで、その、一緒にだな・・・寝てる?」
「あ~、心配すんな。なにもしてねぇし、されてねぇから」
「当たり前だ!」
ガムリンが真っ赤になって激怒する
「お前が、なんか寝苦しそうだったんだよ。悪い夢とか見てなかったか?」
それで彼がパジャマのボタンを外し、そのままベッドで寝込んでしまったということらしい。
どんな夢までかは覚えていないが確かに嫌な夢を見ていた気がする。 「お前さぁ、いい身体してんのな。何か鍛えてんの?」
「仕事柄だ!」
男に身体を褒められて喜ぶ趣味はない。それだけ言い放つとガムリンは洗面所へ向かった。
余計な時間をとられてしまった。慌てて身支度を済ませ、コーヒーだけの朝食で職場へと急いだ。


ガムリン木崎は精鋭のSAT隊員でその能力も高く、将来を期待されていた。
彼自身もその職務と自らの能力に強いプライドを持っていた。だが、それも少し前までの話だ。
無差別な殺人事件により、数ヶ月前に上司と同僚を失った。
現場の状況も把握していない上層部の理不尽な突入命令により、命を落としたのだ。
自分のふがいなさと、犯人への怒り。今は、やりきれない思いを抱え日々を過ごしているだけだった。
入隊時から面倒を見てくれた隊長、幼い息子と妻を気にかけていた同僚。
思い出がつらかった。辞職も考えていた。そしてガムリンは隊員寮を出たのだった。
その日の訓練を終え身支度を整えながらふと思い出した。
そういえば、部屋に残してきたあの男はどうしただろう。
出勤時間も迫っていたので、コーヒーだけ煎れてやった。
あとは、警察へ行くようにと言い残し、先に部屋を出てきたのだった。 奇妙な男だったが、怪我も病気もしている様子はなかったので自分で何とかするだろう。 面倒なことにならずに済んだと安堵して家路に着いた。
作品名:僕のものではない君に 作家名:小毬