世界を統べる者2
過去の統括者――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア専属補佐第一等級枢木スザクは、現在非常に微妙な立場だった。時の流れを守護する番人の補佐となるものは、死を司る者の中でも一等級以上の能力と力がなければならない。
死の管理者――通称『死神』の任を負うもの達はそれぞれの能力によっていくつかの階級に分けられる。能力を見出されたばかりの新人たる者は下級、中級、上級となり、一人前と認められたのち十二の等級に進むことが出来る。その後の成長により上へ上がることが出来るが、もちろん階級を落とされることも当然ある。死の管理者のエリートと呼べるスザクだが、だからと言って任務の失敗にペナルティがなくなるわけではない。
今回、過去の番人と共に任務を完遂したが、そこでの行動が上層部で問題視されたのである。
「何回言えば、あなたは理解するのでしょうね……」
沈鬱な溜息とともには吐き出された呆れ交じりの声にスザクは視線を逸らした。過去の統括者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのもとでサポートを始めて以来、上司に呼び出されるのは極めて稀になった。だが、だからと言って皆無となった訳ではなく、永遠に続くのではないかという説教の時間短縮と回数が極端に減ったくらいで、相変わらず目の前に座る上司に説教されている。白のジャケットを纏うスザクたちの上司たる人物は、外見上十歳の少年にしか見えない。仰々しい巨大な背もたれつきの回転イスに腰掛けた上司は、淡い亜麻色の髪を苛立ち交じりに搔きあげた。そして薄いラベンダー色の瞳を細め、両手を卓上で組むとスザクを睨みつける。
「――あなたって人は、学習能力がないんですか?今まで散々言ってきましたよね?あなた方は相手が動きやすいようにサポートし、死したもの達の魂を正しい場所へと導く」
――分かってます?と低い声で問われ、スザクはさらに視線をあさっての方向に向け、口を噤んだ。上司から発せられる怒りのオーラが容赦なく肌に突き刺さってくる。幼い少年にしか見えないが、彼は正真正銘死を司る番人たちの中でも紫のバッチを胸に掲げる十二名の統率者の一人であり、死神たちの頂点に立つ者である。
「――枢木スザク、僕の眼を見て答えなさい。空間凍結を行っていたにも関わらず、そのシールドをわざわざ壊し、挙げ句武装した時中虫を逃走させた理由を
逃げ道を完全に断たれ、もはや白旗を上げるしかない。後ろで両手を組んだまま恐る恐る視線を上司に戻せば、一気に鳥肌がたった。ラベンダー色の瞳は完全に怒りを纏っていたのだ。
「……えっと、その……」
ここは素直に謝罪すべきか、それとも事が起こった経緯を説明するべきか。過去の番人と共に向かった先で出くわした時中虫の軍勢。時の中に潜む彼らは単一で生きるものがほとんどで、稀につがいで行動するものもいるがほとんどお目にかかれることはない。そんな彼等が軍勢で現れたその理由は、次元の挟間で行われた空間凍結に巻き込まれ時中虫の幼生を助けるためであった。閉じ込められた時中虫の幼生にいち早く気付いたのは過去の番人だったが、実際に凍結用のシールドを破壊したのはスザクである。あの番人が関わっていると知れたらそれこそこんな小言で済む話ではない。上層部の、それこそ番人の王たる人物さえ関わってくるかもしれない。
なにせ、過去の番人と言えば次代の王と噂される人物であり、現王が溺愛する愛息子であるのだから。ぐるぐると悩み続けるスザクに対し、上司が沈鬱な溜息を零す。
「――もう、いいです。ルルーシュ様から緊急要請が入りました。――すぐ向って下さい」
執務机の右端に並ぶランプの一つが赤く点滅している。スザクは敬礼も碌に返さず、部屋を飛び出した。
*****
過去の統括者が管理する書庫。そこに足を踏み入れたスザクは開口一番、ドスの利いた声で書庫の主に言い放った。
「おい、何してんだ、テメェ」
過去の番人の緊急要請によりすぐさま駆けつけたわけだが、目の前の光景にスザクは剣を含んだ口調で問いかけた。何時もならば、幾度となく通い続けている筈の書庫に通じる扉となかなか出合えず、延々と深紅の絨毯を歩き続けているのだが、今日は上司の執務室から出るなり、目の前に扉が現れ、面食らうはめとなった。基本的に過去の番人たる人物には嫌われていると思ってはいたが、ここまであからさまに態度に出されると腹が立つのも仕方がない。直ぐに扉を出現されることが出来るならば、常日頃から行えばいいものを緊急事態だからと言って露骨すぎやしないか。毎度毎度任務の度に延々と赤絨毯の上を歩く身にもなってもらいたい。湧き上がる欝憤を無理やり押し込め、とりあえず現状を把握するために番人に問いかける。無言の嫌がらせを受けているからと言って相手からパートナー拒否を受けたことがない。人嫌いで有名な過去の番人たる人物は気に入らなければ、どんなに優秀な人物だろうと高貴な身分を持っていようともすっぱりと追い出すと有名である。仕事に関して(存分に文句は言うが)背中を預けて戦ったこともあるし、互いの意思疎通も最低限の会話のみ、最悪視線を合わせただけで事足りることもある。
一月ともたないと言われていた前任者たちと比べれば、それほど悪い関係でもないかもしれない。罵詈雑言を浴びせられても、悪態をつかれても書庫へと続く扉が開かぬことは一度とてない。ない、が。だからこそ、過去の統率者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人物の行動原理や思考回路がまったくわからないのだ。
壁一面が本棚に覆われているのは知っているが扉をくぐって目の前に現れたのが天井付近までのびる書籍のタワーだったのだから呆れる以外に反応の仕様がない。顔を顰めたまま本棚の傍に見えた細い背を睨みつければ涼しい声が返ってきた。
「――何だ、来ていたのか」
開いていた本から視線を上げた番人はスザクの姿を認めると、微かに眉を寄せ怪訝な眼差しを送ってくる。
「いや、呼んだのはお前だろうが!何、今知りました!みたいな顔してやがる!」
反射的に噛みついていたが、はっと我に返る。背中を冷たい汗が流れる。すぐさま地獄のような罵詈雑言が飛んでくると全身を硬直させるが、広がるのは沈黙のみである。
(え……何、この沈黙……)
番人はアメジストの瞳を細め、ただじっとスザクを見つめていた。注がれる眼差しはただ静かであり、曇りもないガラスのような澄みきった瞳に虚をつかれる。表情のない人形のように微動だにしない姿に彼の整った容貌がさらに際立ち、息をのむしかない。
(――こいつ、本当に綺麗なんだな)
彼自身、変わり者として有名であるが、何より過去の統括者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名が知れ渡っている理由は、ずば抜けた外見に起因するのかもしれない。
「何だ、俺の顔に何かついているか?」
「へ……?い、いや、何でもない」
不意と顔を逸らすが気まずい雰囲気が拭いされるわけもなく,居たたまれないままジャケットのポケットに両手を突っ込む。空気を変えたのは、番人だった。
「――悪いが、そこに積んである本を処分したい。手を貸せ」
今し方耳に届いた言葉にざっと血の気が引いてゆくのが分かる。
(……え?マジで?あの性格最悪な奴が『悪い』なんて、今日で世界は終わるんじゃね……)
死の管理者――通称『死神』の任を負うもの達はそれぞれの能力によっていくつかの階級に分けられる。能力を見出されたばかりの新人たる者は下級、中級、上級となり、一人前と認められたのち十二の等級に進むことが出来る。その後の成長により上へ上がることが出来るが、もちろん階級を落とされることも当然ある。死の管理者のエリートと呼べるスザクだが、だからと言って任務の失敗にペナルティがなくなるわけではない。
今回、過去の番人と共に任務を完遂したが、そこでの行動が上層部で問題視されたのである。
「何回言えば、あなたは理解するのでしょうね……」
沈鬱な溜息とともには吐き出された呆れ交じりの声にスザクは視線を逸らした。過去の統括者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのもとでサポートを始めて以来、上司に呼び出されるのは極めて稀になった。だが、だからと言って皆無となった訳ではなく、永遠に続くのではないかという説教の時間短縮と回数が極端に減ったくらいで、相変わらず目の前に座る上司に説教されている。白のジャケットを纏うスザクたちの上司たる人物は、外見上十歳の少年にしか見えない。仰々しい巨大な背もたれつきの回転イスに腰掛けた上司は、淡い亜麻色の髪を苛立ち交じりに搔きあげた。そして薄いラベンダー色の瞳を細め、両手を卓上で組むとスザクを睨みつける。
「――あなたって人は、学習能力がないんですか?今まで散々言ってきましたよね?あなた方は相手が動きやすいようにサポートし、死したもの達の魂を正しい場所へと導く」
――分かってます?と低い声で問われ、スザクはさらに視線をあさっての方向に向け、口を噤んだ。上司から発せられる怒りのオーラが容赦なく肌に突き刺さってくる。幼い少年にしか見えないが、彼は正真正銘死を司る番人たちの中でも紫のバッチを胸に掲げる十二名の統率者の一人であり、死神たちの頂点に立つ者である。
「――枢木スザク、僕の眼を見て答えなさい。空間凍結を行っていたにも関わらず、そのシールドをわざわざ壊し、挙げ句武装した時中虫を逃走させた理由を
逃げ道を完全に断たれ、もはや白旗を上げるしかない。後ろで両手を組んだまま恐る恐る視線を上司に戻せば、一気に鳥肌がたった。ラベンダー色の瞳は完全に怒りを纏っていたのだ。
「……えっと、その……」
ここは素直に謝罪すべきか、それとも事が起こった経緯を説明するべきか。過去の番人と共に向かった先で出くわした時中虫の軍勢。時の中に潜む彼らは単一で生きるものがほとんどで、稀につがいで行動するものもいるがほとんどお目にかかれることはない。そんな彼等が軍勢で現れたその理由は、次元の挟間で行われた空間凍結に巻き込まれ時中虫の幼生を助けるためであった。閉じ込められた時中虫の幼生にいち早く気付いたのは過去の番人だったが、実際に凍結用のシールドを破壊したのはスザクである。あの番人が関わっていると知れたらそれこそこんな小言で済む話ではない。上層部の、それこそ番人の王たる人物さえ関わってくるかもしれない。
なにせ、過去の番人と言えば次代の王と噂される人物であり、現王が溺愛する愛息子であるのだから。ぐるぐると悩み続けるスザクに対し、上司が沈鬱な溜息を零す。
「――もう、いいです。ルルーシュ様から緊急要請が入りました。――すぐ向って下さい」
執務机の右端に並ぶランプの一つが赤く点滅している。スザクは敬礼も碌に返さず、部屋を飛び出した。
*****
過去の統括者が管理する書庫。そこに足を踏み入れたスザクは開口一番、ドスの利いた声で書庫の主に言い放った。
「おい、何してんだ、テメェ」
過去の番人の緊急要請によりすぐさま駆けつけたわけだが、目の前の光景にスザクは剣を含んだ口調で問いかけた。何時もならば、幾度となく通い続けている筈の書庫に通じる扉となかなか出合えず、延々と深紅の絨毯を歩き続けているのだが、今日は上司の執務室から出るなり、目の前に扉が現れ、面食らうはめとなった。基本的に過去の番人たる人物には嫌われていると思ってはいたが、ここまであからさまに態度に出されると腹が立つのも仕方がない。直ぐに扉を出現されることが出来るならば、常日頃から行えばいいものを緊急事態だからと言って露骨すぎやしないか。毎度毎度任務の度に延々と赤絨毯の上を歩く身にもなってもらいたい。湧き上がる欝憤を無理やり押し込め、とりあえず現状を把握するために番人に問いかける。無言の嫌がらせを受けているからと言って相手からパートナー拒否を受けたことがない。人嫌いで有名な過去の番人たる人物は気に入らなければ、どんなに優秀な人物だろうと高貴な身分を持っていようともすっぱりと追い出すと有名である。仕事に関して(存分に文句は言うが)背中を預けて戦ったこともあるし、互いの意思疎通も最低限の会話のみ、最悪視線を合わせただけで事足りることもある。
一月ともたないと言われていた前任者たちと比べれば、それほど悪い関係でもないかもしれない。罵詈雑言を浴びせられても、悪態をつかれても書庫へと続く扉が開かぬことは一度とてない。ない、が。だからこそ、過去の統率者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人物の行動原理や思考回路がまったくわからないのだ。
壁一面が本棚に覆われているのは知っているが扉をくぐって目の前に現れたのが天井付近までのびる書籍のタワーだったのだから呆れる以外に反応の仕様がない。顔を顰めたまま本棚の傍に見えた細い背を睨みつければ涼しい声が返ってきた。
「――何だ、来ていたのか」
開いていた本から視線を上げた番人はスザクの姿を認めると、微かに眉を寄せ怪訝な眼差しを送ってくる。
「いや、呼んだのはお前だろうが!何、今知りました!みたいな顔してやがる!」
反射的に噛みついていたが、はっと我に返る。背中を冷たい汗が流れる。すぐさま地獄のような罵詈雑言が飛んでくると全身を硬直させるが、広がるのは沈黙のみである。
(え……何、この沈黙……)
番人はアメジストの瞳を細め、ただじっとスザクを見つめていた。注がれる眼差しはただ静かであり、曇りもないガラスのような澄みきった瞳に虚をつかれる。表情のない人形のように微動だにしない姿に彼の整った容貌がさらに際立ち、息をのむしかない。
(――こいつ、本当に綺麗なんだな)
彼自身、変わり者として有名であるが、何より過去の統括者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名が知れ渡っている理由は、ずば抜けた外見に起因するのかもしれない。
「何だ、俺の顔に何かついているか?」
「へ……?い、いや、何でもない」
不意と顔を逸らすが気まずい雰囲気が拭いされるわけもなく,居たたまれないままジャケットのポケットに両手を突っ込む。空気を変えたのは、番人だった。
「――悪いが、そこに積んである本を処分したい。手を貸せ」
今し方耳に届いた言葉にざっと血の気が引いてゆくのが分かる。
(……え?マジで?あの性格最悪な奴が『悪い』なんて、今日で世界は終わるんじゃね……)