世界を統べる者2
真っ青になりながら足は自然と後退りはじめる。コツン、と足に当たった扉に大げさなほど身体が大きく跳ねた。それを見逃さなかった番人の鋭い眼光が飛んできて、さらに大きく肩が揺れる。
「――貴様、俺を馬鹿にしていないか?」
「へ、い…いや!そんな、まさか!」
強い光を宿したアメジストに睨みつけられ、息をのむしかない。まるで、喉元に鋭い刃を突きつけられているかのようで身体硬直させるしかなかった。
―――ここは先手を打って謝るしかない。
「うっわ!本当にすみません!ごめんなさい!」
床と垂直になるほどの勢いで頭を下げる。容赦のない罵詈雑言を覚悟するが、一向に訪れない。不思議に思いながら顔を上げれば、番人の興味はすでに去っていたのか、来た時と同じように本棚を物色していた。後から不意打ちをかける気かと身構えるが、そんな気配すらない。それからしばらく番人を観察していたスザクは、ゆっくりと息を吐き肩の力を抜いた。
そして、先ほど番人が言っていた処分しろという本を手に取った。持った瞬間、ずしりとした重みが掛かり、スザクは目を丸くさせた。それほど分厚いものでもないのに、それこそあらゆる世界の生き物の標本が入った見本と同程度の重さがして驚くしかない。それはかなりの年季が入っているようで、外装は捲れ茶色く変色している個所もある。
(――すげ、ずいぶん古いものなんだな)
好奇心の赴くまま中を開こうとして、ふと手を止める。
(って、これってただの本じゃねーよな……)
忘れてはならない。ここは、過去の統括者――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが管理する書庫である。ありとあらゆる世界の過去すべてを管理し、統括している。その中枢たる場所がここである。すなわち、ここに置いてある書籍すべてが世界の過去そのものであると言うことだ。
ただの本であるはずがない。この一冊一冊が存在する世界と言っても過言ではない。
「――おい、これ本当に捨てちまっていいのかよ?」
焦りを滲ませながら問いかければ。番人は手元の本に視線を落としたまま呆れたように呟いた。
「貴様は馬鹿か。すべての世界が永遠に続くわけがないだろう。初めがあれば終わるがある。それが世界の絶対的な決まり。そこに積み上げた世界(もの)はすでにこの世に存在していない。日々、新たな世界が生まれるんだ。古いものを何時までも保管できる余裕はない。破棄していかなければそれこそ、ここの空間が破裂するのがおちだ」
番人の言葉はもっともなことだ。彼は過去の番人。数多に渡る世界の過去すべてを統括する者。そんな彼が意味なく破棄するわけがない。それに思い至らなかった自身があまりにも滑稽ではずかしくてならなかった。
(なんか、俺、馬鹿みてーだな。そうだよな、あいつは過去の統括者なんだから)
「まあ、何でもいい。それらをすべて廃棄場まで持って行け
「――え?」
「貴様の耳は作り物か何かか?この距離で聞こえんとは」
物思いにふけっていたスザクの意識を引き戻したのは、番人の冷気を帯びた問いかけである。慌てて顔を上げれば、彼は眉間に深い皺を刻み、スザクを睨みつけていた。
(やっべ!マジで怒ってやがる!)
「――わ、分かったから!その馬鹿でかい力をしまえって!他に人がきたらどうする気だ!」
長年すぐ近くで仕事をこなしてきた己でも、力を開放し始めた番人の力に当てられ、身体の震えが止まらないのだ。何の免疫のない者が訪れたならば、一瞬のうちに倒れてしまう。
必死で懇願すれば、ようやく書庫を圧迫していた力が治まりはじめる。スザクは安堵の溜息を吐いた。本当にこの場所に来るたび、疲労感が凄まじい。これ以上、番人の力に当てられてはかなわない。何より、身体が持たない。ここはすぐに動き出すべきだろう。目の前にそびえ立つ書籍のタワーから腕に抱えられるだけの本を抜き出し、扉に向かった時だった。
「――頼んだぞ、便利屋」
後ろから聞こえてきた声に顔を顰めずにいられない。反射的に噛み付いていた。
「誰が便利屋だ!誰が!」
「――お前以外に誰がいる?」
「うるせー!人に頼んでおきながら、なんつー態度だ!」
「――やかましいぞ、枢木スザク。貴様は俺の補佐を務めていることを忘れるな。これも立派な仕事だ。口を動かす前にさっさと運び出せ」
用は済んだとばかりに本棚を物色し始めた番人の背を睨みつけ、死神は叫んだ。
「ふざけんじゃねぇ――――!」
死神の叫びが今日も書庫を揺らす。
それが、彼らの日常である。