Muv-Luv Cruelty Mermaids 1
各々の人間にとって長い1日が、そして長い夜が終わる。
◇◇◇
翌日。ブリーフィングルーム。
大規模BETA群撃退により、衛士の数が半分以下となった派遣部隊は、相変わらず疲労の色を見せたままブリーフィングに参加していた。
「今回、人員の多大な消耗に伴い、派遣部隊が増員されることになった。同時に、定数割れ等によって小隊及び中隊として機能不能な部隊は撤退してもらうことになる。」
定数割れ。間違いなく自分達の事であろう。キャシーは拳を握りしめた。
「今回撤退してもらうのは、
カイザー中隊
インビジブル小隊
マーメイド小隊
だ。カイザーは隊として機能していない。インビジブルはその機体の性能と衛士の技術故、連携を取れる部隊がいない。マーメイドは3人いるが、うち1人は現在使い物にならないと聞いている。2人を私の隊に編入することも"検討した"が、私の隊は幸か不幸か一個小隊として機能出来る。わざわざ2人を編入させて変則中隊も作る必要は無いと判断した。また、シーホースとマナティーには同一機体を運用していることを鑑みて、合同一個小隊として任務に当たってもらう。何か質問は?」
淀みなくクリスは説明を行う。簡単な質疑応答の時間も終わり、ブリーフィングは終了となった。
「フォード中尉。」
キャシーが部屋を出ようとすると、クリスに引き留められた。周りに他の衛士がいることもあって、敬称で呼んできていた。キャシーもそれに倣う。
「はッ!トール大尉!何でしょうかッ!」
クリスはキャシーに近付くと、そっと耳打ちをしてきた。
「…後で私の部屋に来て。」
そう言い残すとクリスはまた去っていった。
キャシーは呼ばれた理由が分からないものの、クリスの指示に従うことにした。
◇◇◇
10分後。クリス執務室。
キャシーがクリスの部屋を訪ねると、フィールもその場にいた。クリスに着席するように促され、席に着く。
「すまないわね。わざわざ呼び出してしまって。…2人とも、コーヒーでいいかしら?」
「いや、そんなことは自分が…」
フィールが慌てて席を立つが、クリスにそれを制される。
「いいのよ。私が招待したんだから。楽にしていなさい。」
「り、了解…」
戸惑いながら着席するフィールを他所に、クリスはコーヒーを淹れる。やがて3人分のマグカップを手にクリスが戻ると、おもむろに口を開いた。
「…2人とも。これからのなすべき事、分かっているわね。」
場に緊張が走る。
初めに口を開いたのはフィールだった。
「私は…撤退したら直ぐに戦教団に配属希望を出す。そして…軍上層部の意向を正確に把握する…」
「そうよ。その上で、貴女が出来る限りの行動を取りなさい。」
「了解…」
「…キャシーは?」
「私は…撤退したら私自身がハイヴに到達するだけの技術を身に付ける。そうすることで自分自身の身を軍から守る。そしてG弾運用を可能な限り阻止するためにコラボレーターとの接触を図る…」
「そう。その時、フィールとの連携も密にしておきなさい。」
「了解。」
「さて…外枠だけは理解してもらったけど。本格的な話をするわ。まずはフィール。…これを。」
そう言うとクリスはフィールに書類を手渡す。受け取った書類を見たフィールは思わず言葉を失った。
「第65戦闘教導団の…推薦状!?」
「そうよ。貴女には65に入って貰うわ。其処はかなりデリケートな情報も扱うわ。」
そこまで言えば分かるだろうとばかりにクリスは言葉を切った。フィールも押し黙る。おおよその意味を理解できたのだろう。即ち65戦教団に入り、重要事項をキャシーと共有しろということだ。
「期待してるわ。」
「は、はい…」
「じゃあ次はキャシー。貴女にはこれを。」
キャシーもフィール同様、書類を手渡される。
「これは…派遣要請?」
「そう。国連からの、ね。」
「それと…これは…研修書類?…研究機関への…?」
「順を負って説明するわ。先ず、貴女にはその研究所に行って"研修"を受けてきなさい。貴女のプラスになることは保証するわ。その後に国連軍に期限付きで行ってきて貰うわ。これは今のところはG弾から、そしてBETAから世界を救うために出来る最善の選択、とだけ伝えておくわ。」
「分かったわ…でも。これって…"そういう"ことなのよね…」
キャシーはクリスを見つめる。ゆるぎない視線を返しながらクリスは応えた。
「そうよ。貴女には…日本に飛んで貰うわ。」
◇◇◇
1時間後。橋頭堡廊下。
フィールとキャシーは遅い昼食を摂るためにPXへと向かっていた。
「何か…凄い事になってきたわね。」
フィールが呟く。キャシーもそれに同意した。
「そうね…私達は一体、何処へ向かっているのかしら…」
「そりゃあ、人類の勝利に決まっているじゃない。でも…」
「「ねぇ?」」
語尾をハモらせると、2人は困ったように笑った。
「それにしてもキャシー、日本って今大変なことになってるわよね?」
PXに着いても、彼女達は先の話題について話していた。
「ええ。何でも、最近新しくハイヴを作られたみたい。」
「うわ…そんなところに派遣されるだなんて…」
「酷い話よ。でも。それが私にとってプラスになるのなら、私は喜んで行くわ。」
「強いわね。貴女も。」
「ふふっ。そうかも。ところで、話は変わるのだけれど…1つ、お願いがあるの。」
「…何かしら?」
少し畏まった口調で話すキャシー。フィールもそれに合わせた。
「私の部下…フェミニも貴女と一緒に連れて行ってもらえないかしら?」
「フェミニ…ああ、レインの妹ね…別に構わないけど…なぜ?」
「実はあの娘、戦争神経症状態なの。」
「戦争神経症…もしかして、レインを…」
「ええ。今あの娘が戦線に出張っても死ぬだけだわ。だから後方で現実と折り合いを着けるための時間をあげたいの。」
「なるほどね…分かった。任せて。」
「…ありがとう。」
「お互い、忙しくなりそうね。」
「…本当ね。」
フェミニをフィールに託し、キャシーは次のステップへ進もうとしていた。
◇◇◇
翌日。
天気は快晴、とまではいかないが、幾分蒼空を仰ぐ者の気分を和らがせていた。その中、帰還部隊は輸送艦に搭乗していた。
一度、イギリスのドーバー基地に戻り、その後空路を使っての帰還という段取りになっていた。
キャシーも搭乗しており、船縁に腕を任せ海を仰いでいた。
「…名残惜しいの?」
背中から声を掛けてくる者がいた。振り向かなくても分かる。セリーナだった。セリーナは返事を待たずにキャシーの隣に立つ。
「そうでもないわ。私はまたここに戻ってくる。…レインのためにも。」
「…そう。」
その時、2人の頭上を爆音と共に戦術機が掠めた。
その戦術機は、太陽の光を反射させるほどの純白な色をしていた。
「あれは…?」
「EF-2000…タイフーンね。」
キャシーの問いにセリーナが応える。
「補充の部隊が来るまでの埋め合わせ、といったところかしら。実証試験も兼ねての。」
「…そう。」
作品名:Muv-Luv Cruelty Mermaids 1 作家名:Sepia