Muv-Luv Cruelty Mermaids 1
9.After the War Devastation
作戦終了2時間後、ブリーフィングルーム。
ブリーフィングルームは閑散としていた。生き残った衛士はもう僅かしかいない。その部屋にいる衛士達は疲労困憊といった様子で席にいた。もはや姿勢を正すのも困難だと言った状況だ。
「…以上でデブリーフィングを終わる。解散。」
クリスの声が響く。一同は溜め息をつきながら部屋を後にした。
この場にフェミニはいない。彼女は帰投後、医務室に行っていた。
セリーナも、フェミニを看てくるとキャシーに言い残して部屋を出た。
ブリーフィングルームにはキャシー、フィール、クリスが残されていた。クリスは事後処理を行っている。
「…ちょっといいかしら。」
「フィール…」
フィールは疲れたような顔を向けながらキャシーに近づいてきた。
「…一杯、やらないかしら?」
「…ええ。」
少し考えた後に、キャシーはフィールの誘いに乗った。
思えば、フィールも今回の作戦で仲間を失っている。少しでも気を休めたい心境だったのだろう。自分もそうなのだから。
「…私もいいかしら?」
キャシーにとっては意外なことに、クリスまでもが参加を希望していた。
「もちろんですよ大尉。」
「ありがとう…でも、プライベートの時はクリスでいいわ。」
「分かったわ、クリス。」
「ええ。じゃあ30分後にPXで。」
「…了解。」
3人の衛士は30分後に再び落ち合うことを約束して各々の行動に移った。
◇◇◇
30分後。PX。
キャシーはシャワーを済ませるとPXに向かった。
橋頭堡に設置されているPXはバーカウンターも併設されており、そこだけ薄暗い照明が辺りを包み込んでいた。本来ならば数人の集団がグラスを傾けているのだが、今日ばかりは人影が見られなかった。
既にフィールは着いており、ブルームーンを傾けていた。
「ブルームーンって…勘弁してよ。」
声をかけながらキャシーはフィールに近付いた。
「え…ああ…タロットのこと?ごめんなさい…」
「ふふ。別にいいわ。…私も同じのを頂戴。」
「…貴方も同じものを頼むだなんて。」
「言ったでしょ?元々気にしない質なのよ。」
「そう…」
やがてキャシーにもブルームーンが渡され、フィールと共にグラスを傾ける。
「…美味しい。」
「…そうね。」
「私達…生きてるのよね。」
「ええ…生きてるわ…」
「でも…レインは…もう…」
泣かないと決めた。そのはずだった。しかし涙が止まらない。
「そうね…クレーもカクテルが好きだったわ…彼ももう呑めない…」
フィールも心なしか涙ぐんでいる。
「レインは…私…がっ…」
「キャシー…」
キャシーが嗚咽を漏らす。フィールも言葉を続けることができない。その時、クリスがキャシーの隣に座ってきた。
「待たせたわね…ってもう出来上がってるの…まぁいいわ。…スコーピオン頂戴。」
「クリス…」
「貴女達もまだまだ青いわね…でも、それでいいのよ。」
涙眼のキャシーが顔を上げる。フィールもクリスの顔を見詰めていた。
「私達みたいになんかなるとね、死んだ人間のことを数えたり考えたりしないのよ。自分達が衛士として生きていくために、ね。死んだ人間に囚われながら闘い続けることなんて出来ないわ。まして人の上に立つ人間なら致命的なものよ。」
グラスの口をなぞりながらクリスは続ける。
「貴女達はまだ若い。そんなうちから私達みたいになったら、衛士として成長できないわよ?」
「…どういうこと?」
フィールが問う。
「貴女達は今、仲間を失ったわ。大切な仲間を。でも、私達みたいに仲間が死ぬのに慣れた人間だと何も感じない。貴女達は違う。悲しむことが出来る。これは貴女達にとって強い武器よ。」
「…えっ?」
「貴女達はこんな経験、二度としたくはないでしょう?」
クリスはキャシーとフィールを交互に見つめる。2人は同時に首を縦に振る。
「そう。なら、強くなりなさい。貴女達がまた何かを失わないようにするためには、貴女達自身が強くなるしかないの。でもね、それは貴女達が悲しむことが出来るから成せることなの。私達みたいになると強くなるって自発的に思わないとなれないわ。…強くなりなさい。貴女達自身のため、そして貴女達が守りたい何かの為に。」
クリスは尚も2人を見続けた。2人は尚も涙を浮かべていたが、その瞳には確かな決意が秘められていた。
「…ふふっ。良い眼をしてるわ。さぁ、飲みましょう。…私達の未来に…」
3人は静かに声を合わせた。
「「「乾杯。」」」
◇◇◇
2時間後。キャシー自室前廊下。
2時間ほどフィール、クリスと酌を交わして自室へ戻ろうとすると、部屋の前にセリーナがいた。
「キャシー。ちょっといいかしら?」
「セリーナ…。フェミニのこと?」
「ええ。」
「立ち話もアレだわ。中に入って。」
「…失礼するわ。」
キャシーとセリーナが部屋に入る。2人が席に着くと、セリーナが本題を切り出してきた。
「フェミニ、戦争神経症になってるわ。」
「…そう。今はどうしてるの?」
キャシーは正直予想していた。恐らくセリーナもそうだっただろう。
「薬物投与で眠っているわ。…フェミニを今は前線に出すべきではないと思うの。」
「それは同意ね。」
今、前線にフェミニを放り出しても死期を早めるだけだ。衛士として悪くない腕をむざむざ死なせて良いほど余裕はない。
「…どうするの?」
何かを探るようにセリーナが訊ねた。
「…暫く、ネバダに派遣しようかと考えているわ。」
「…ネバダ?…って事は後方に?」
「ええ。そこで今回の事と折り合いを着ける時間を作れればと思うの。」
「なるほど…ね。それも良いかもしれないわね…」
「ええ。」
少しの間を空けて、セリーナも同意した。フェミニには時間が必要だと判断したのだろう。
「フェミニが早く回復することを祈りましょう…ところで、話は変わるのだけれど。」
「何かしら?」
「…私達はどうなるのかしら?」
「逆に聞くわ。どういう意味かしら?」
今度はキャシーが訊ねる番だった。セリーナの意図が読めない。
「今、レインを失ってフェミニを後方に送ろうとしている。そうすると隊としては私と貴女だけになるわ。」
「そうね。」
「そうなると…私達は何処かに編入させられるかもしれない。マーメイド小隊が無くなってしまうかもしれない…」
セリーナの危惧は尤もだった。小隊が定員割れしている部隊は編入措置を受けるのがセオリーだからだ。
「させないわ。」
「…えっ?」
強い口調でキャシーは言葉を放った。
「マーメイド小隊は私達のホームよ。最後に皆が帰る場所なの。私がマーメイドのリーダーで有る限り、小隊を潰させはしない。」
「キャシー…」
「だから…セリーナにも一緒に守って欲しいの。私達"家族"が帰る家を。」
強い決意を込めた言葉。セリーナがそれに気付かない訳がなかった。
「そうね…私達の帰る場所…守らないとね。フェミニのためにも。」
セリーナも覚悟を決めたような顔つきをしていた。
「ありがとう。」
作品名:Muv-Luv Cruelty Mermaids 1 作家名:Sepia