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こらぼでほすと ちょい先の話にるらい編1

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とうとう、この日が来たか、と、ライルはトレインの中で口元を歪めた。まあ、年齢的に、そろそろ無理は利かなくなっていたから、今のドクターからも勧められていたことだ。地上勤務ということなら、どうにかなるのだが、はっきり言って、そこまでするつもりはライルにもなかった。第三世代のメンバーは、すでにライル以外は、組織に残っていなかった。後からやってきたメンバーの中に居ると、やはり浮いた気もするし、年齢的なこともあって距離がある。
 だから、ちょうどよかった、とも言える。やらなければならないことは、ちゃんと片付けた。第四世代のマイスターも育ったし、すでに第五世代へと移行中だ。


 とりあえず顔だけは出しておこうと、特区の空港に降り立った。以前とは違って、特区の西なので、乗り継いで、そちらに向かう。海の上に浮かぶ空港で、さて、どうやって行こうか、と、考えた。住所は教えてもらっているが、そこまでの移動の方法もよくわからない。今の住所への訪問は、初めてだったからだ。
「ロックオン、ナビは必要? 」
 空港の交通機関の前で考えていたら、携帯端末から勝手に声がする。お節介なイノベイドが、回線を繋いできたらしい。
「ああ、頼む。」
「急ぐ? 」
「いや、急がないが、乗り換えが楽なのを頼む。」
「了解、それなら、ここじゃなくてバス乗り場へ向かって。」
 このイノベイドは、実兄の居場所を、きっちり把握している。以前の居場所にも度々、顔を出していたし、戻って来て、すぐに実兄のところにも出向いていた。少し前まで、実兄は、別の場所に住んでいたのだが、ようやく、また特区に戻って来たのだ。
 案内されるままに、バスに乗り込み、そこから大きなターミナル駅に出る。そこからは電車で、古い特区の都市へと移動した。割と街中の繁華街であるらしく、そこからは徒歩だと告げられた。




 「吉祥富貴」が、事実上の解散をしたのは、今から二十年ほど前のことだ。コーディネーター組が、プラントへ移住したので、活動ができなくなった。今では、すっかりプラントの中枢部に、元「吉祥富貴」のメンバーが居座って、プラントを動かしている。その繋がりで、ライル自身も、プラントと組織の橋渡しなどはやっていたから、コーディネーター組の動向には詳しい。組織も、大きな武力介入の案件はなくなったものの、それでも細かな紛争やテロはあるから、それについての連携はしていたからだ。

・・・・・まあ、それも、これで縁が切れるんだろうけどな・・・・


 組織から外れれば、プラントと連絡を取り合うこともなくなる。ぽつん、と、ライル・ディランディという個体だけになれば、そんな要件もなくなる。ほっとした気持ちと寂しい気持ちの両方が、それについては存在している。
「そろそろ、ややこしくなる。ひとつでも間違うと辿り着けないから注意して。」
「それなら、兄さんに連絡するよ。」
「まあ、それが一番安全だけどね。どうする? 迎えに来てもらう? 一度、トライしてみる? 」
「道だけ教えろ。迷ったら連絡する。・・・・おまえは、今、ヴェーダか? リジェネ。」
「ううん、ママのところだけど、今は外出してるんだ。」
 このイノベイド、すっかり実兄に懐いていて、ここに戻って来た途端に、降りて来たらしい。だから、おそらくは、こちらに住んでいるのだろう。
 大きな通りから、細い路地へと入る。曲がりくねった路地を進み、さらに、道を折れる。まずは右に、次は左に、クルマの入れない細い路地だ。それを抜けると、少し大きな道に出た。
「左に行くと、山門が見える。そこが目的地。ナビは終了でいい? 」
「ありがとう、助かった。」
「どういたしまして。また、後でね。」
 お節介なイノベイドの案内を耳に、道を左に出る。確かに、山門が見えている。今度も寺だ。
 山門の前には階段があり、それを昇っていると、内から、声がした。そして、さらに女性の笑い声も聞こえている。
「刹那、こらっっ。やめろっっ。痛い、痛いって。」
 え? と、その声に山門を走って中へ入ったら、山門のすぐ、傍に実兄は立っていた。そこには、特区の民族衣装の女性も二人居る。
「あら、ようやく到着したわよ、ニールちゃん。」
「迷わずに辿り着くなんて、ニールちゃんの弟は優秀ね。」
 ライルのほうに顔を向けた女性たちは、コロコロと鈴が鳴るように笑っている。そして、実兄も、自分の姿を確認するとニコリと微笑んだ。
「なあ、ダーリンが戻ってるのか? 」
「え? 」
「今、あんた、『刹那』って呼んでたよな? 」
 今は、とんでもなく遠い場所に出張っているライルの亭主の名前は刹那と言う。だが、呼んでいた相手は、どこにもいない。三人だけだ。

にゃあ

 実兄の肩に乗っている黒い子猫が鳴いた。そして、威嚇音をライルに向かって出している。真っ黒で、首には赤い首輪をしている。
「はいはい、なんでも威嚇しちゃダメだろ? 刹那。」
 しゃあしゃあと威嚇する子猫の背中を撫でて、実兄が宥めた。
「刹那ぁ? 」
「うん、こいつの名前だよ。よく似てるだろ? ・・・おかえり、ロックオン。よく迷わなかったな? 」
 実兄は、そう言って軽く頭を下げた。
「リジェネにナビゲートしてもらったんだ。」
「ああ、そうなのか。・・・・ねーさんたち、うちの弟です。ロックオン、近所のお世話になってる、ねーさんたちだ。」
 なるほどと納得した。実兄は、子猫に子供の名前をつけていたのだ。全身が黒い子猫は、実兄の肩に乗って、こちらを睨んでいる。どうやら、実兄以外には懐いていないらしい。それも、自分の亭主と同じだ。
「はじめまして。ライル・ディランディです。兄がいつもお世話になっているそうで。」
 実兄は、自分の挨拶に、少し首を傾げた。コードネームではなく本名を名乗ったからだろう。その報告は、まだしていない。
「いい男はんねぇ。こちらこそ、よろしゅうおたのもうします。」
「ニールちゃんとは仲良くさせていただいてますのえ。よろしゅうに。」
 女性二人は、笑顔で同じように軽く会釈する。
「ライルはん、よかったら、うちらの座敷にも来ておくれやす? 」
「え? 座敷って。」
「あてら、芸妓ですのん。こんなええ男はんやったら嬉しいおすもの。」
「はいはい、ねーさんたち、営業しない。うちの弟、こっちのことは全然、知識がないんだから。・・・・ロッ、ライル、このねーさんたちは、夜の商売なんだ。」
「あら、ニールちゃん。それじゃあ、あてらが春をひさいでみるみたいやおへん? まあ、この男はんやったら、商売抜きでならお付き合いしたいけど。」
「ダメですよ、ねーさんたち。うちの弟は、人間なんだから。そういうことはさせません。」
「まあ、残念やわあ。」
 女性たちは、袖で口元を隠してクスクスと笑っている。ということは、と、ライルも気付く。この女性陣、人間ではないらしい。実兄も所属が変わって、そちらの関係者になっているから、そういうことなのだろう。すっかりと暮れて、境内が宵の闇になりつつある。立ち話しているにも寒い時間だ。
「ライル、疲れただろ? 中で休め。ねーさんたちは、どうします? そろそろ、仕事の時間じゃありませんか? 」
「そうやった、そうやった。」