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こらぼでほすと ちょい先の話にるらい編1

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「ニールちゃんも、鐘をつかなあきませんえ? 」
 失礼いたします、と、実兄が挨拶して、手を振る。相手も、コロコロと笑って山門を降りていった。それを見送ると、実兄は腕時計に目をやる。
「ああ、ほんとだ。ちょっと待っててくれ。鐘ついてくるから。」
「ん? かね? 」
 手にしていた竹箒を地面に置いて、実兄は歩き出す。境内の中に、鐘楼がある。夕刻の決まった時間に、鐘を鳴らす仕事がある。本来は、朝、昼、夜と三回あるのだが、人外のものにとっては夜だけでいいから、夕方だけだ。鐘楼の小振りの鐘を、軽く鳴らせて夕刻だと報せる。ニールがつけない場合は、勝手に鳴ってくれるのだが、まあ、一応、ニールが居る時は自らで鳴らすようにしている。

ごぉーーーん、ごぉーーーん

 二回、鐘つき棒で、鐘を鳴らすと仕事は、終わりだ。お待たせ、と、鐘楼から降りて、ライルの前に戻って来る。
「鐘って・・・教会のみたいな時報か? 」
「まあ、そんなとこだよ。こっちじゃ、夜だけなんだけどな。・・・・少しはゆっくりできるのか? 」
 いつもの休暇だと思っているのだろう。だから、予定を尋ねてくれる。相変わらず、肩には子猫が居座ったままだ。
「組織はお払い箱になった。だから、ちょっとどころか、延々、時間はできたぜ? 兄さん。」
「え? お払い箱? 」
「もう、俺も六十だからな。宇宙で活動すんのは無理なんだよ。だから、辞めてきたんだ。」
 実兄は、変わらない姿だが、自分はすっかりと年を取った。白髪ではないが、亜麻色だった髪は、ちょっと白くなっている。自分の言葉に、実兄は、ちょっとびっくりしてから、口元を歪めた。
「お疲れ様、ライル。だから、ロックオンじゃないのか。」
「そうだよ。ようやく、俺も民間人だ。この年まで生きていられるとは思わなかったから、なんか不思議な気分だ。」
 テロリストで、しかも実行部隊のマイスターだ。さすがに定年退職なんて無理だろうと思っていたのに、なんとか生きて終わることができた。大きな武力介入がなかったのが、最大の要因だろう。世界は、外界に対抗すべく、ひとつに纏まったからだ。




 寺の建物に入ったら、以前より、かなり広かった。実兄以外は留守なのか、がらんとしている。
「お義兄さんは? 」
「うーん、たぶん、パチスロかな。そろそろ戻るよ。お茶でいいか? ・・・刹那、降りろ。」
 まだ、頑固に肩に乗っていた子猫を下ろして、お茶の用意をしてくれる。相変わらず、ここだけは時間が止まったままだ。普通の日常というものが展開している。実兄自身も三十年前から、年を取ることを止めた。ライルの亭主のために、本格的に待つことにしたからだ。
「今度は、どのくらい居られるんだ? 」
「ここいらは、人外の関係者が多いから、時間制限はないんだそうだ。まあ、悟空とリジェネは学生をやってるから、そういう意味では、また十年かそこらで、学校は変わらなければならないんだろうけどさ。」
 年を取らないから、周囲が不審に思い始めたら、居場所を変わる。それが決まりごとだ。だから、適当に特区と本山を行き来して暮らしているのだ。ただ、今回は、人外のものが多くすんでいる地域なので、そういう心配はないらしい。
「さっきのお姉さまたちみたいに? 」
「ああ、あの人たちは、狐なんだってさ。」
「はあ? 」
「千年くらいは生きてるらしい。だから、ここいらのことにも詳しくて、いろいろと教えてもらってるんだ。」
「千年? うーん、なんか単位が違い過ぎて、よくわかんないな。」
「俺にも、さっぱりだよ。俺は、まだまだ半人前だから、みんな、よくしてくれるみたいだ。」
 温かいお茶が卓袱台に載せられる。そこに、茶菓子も用意されていて、一口飲んで、ほっと落着く。実兄も、対面に座った。
「それで、これから、どうするんだ? 」
「ちょっと、ここで休憩させてもらってから、アイルランドへ帰るよ。しばらくは、ただのおっさんとして働いてみようかなって思ってる。まだ、隠居するには早いからな。」
 少し普通の生活をしてみようと思っていた。今までの生活は、やはり普通ではなかったので、普通に生活することに少し憧れてもいた。日のあるうちは働いて、パブで知り合いと酒を呑んで、ベッドでぐっすり眠るという普通の生活だ。まだ体力があるから、それが可能だ。結局、ここまでライルも、普通の生活というのは実兄のところで味わうだけだったからだ。
 ニールのほうも、ライルの今後に、頬を緩くした。やるべきことを終えたのだ。これからは好きなように暮らせば良いと思っている。
「そうだな。あっちのほうが、何かと都合がいいだろう。」
「あんたも遊びに来ればいいぜ? まあ、あっちじゃ、兄弟はおかしいから、親子か叔父甥ぐらいに説明しきゃならないだろうけどさ。」
 見た目には親子以上に年が離れた。実兄は、三十そこそこの姿だが、自分は初老だ。もう兄弟とは見えない。
「・・・うん・・・・」
「あ、でも、パスポートとか問題なのかな。」
「いや、そっちは、リジェネが偽造してくれるから、どこでも行ける。・・・そっか、俺、実家が、また、できるんだな。」
「そういうことになるな。・・・いつでも帰ってきていいぜ? お義兄さんと夫夫喧嘩とかしたらさ。」
「あーうちは喧嘩なんてないな。三蔵さん、俺が言うことに怒ったりしないからさ。」
「三十年してもイチャコラと・・・・飽きないか? 同じ面と同じ生活なんてさ。」
 場所は変わるが、生活自体は変わらない。それに住んでいる相手も同じだ。そうなると飽きないものか、と、ライルは気になる。
「別に、飽きるとか、そういうもんでもないぜ、ライル。特区は季節が四つもあるから、季節ごとに周囲の景色も変わる。その季節も、毎年、変化があるんだ。それに合わせて生活してると、飽きる暇なんてない。」
「そうかなあ。」
「おまえは宇宙が長かったから、季節を感じてないからだよ。今は、梅の季節だ。明日、景色のいいとこへ案内してやる。」
 さて、食事の準備をするか、と、それだけ言うと実兄は立ち上がる。子猫は、とことこと、その後を付いていく。そして、冷蔵庫の前に立った実兄の脚を、よじ昇り、また肩に居座る。
「刹那、危ないから離れてろ。」
 実兄が、肩から下ろして、ライルの下へ運んで来た。客の相手をしろ、と、命じて、ライルの膝に置く。
「おいおい、兄さん。俺、生き物の相手なんてできないぞ。」
「大丈夫だよ。そいつは、愛想は悪いが優しい子なんだ。・・・背中を撫でてやってくれ。」
「なんだか、どっかで聞いたような形容詞だな? 」
「おまえの亭主にもつけてた形容詞だからだろ? 」
「あんた、ほんと、刹那のことが大好きだよな? 」
「まあ、そりゃ仕方ない。子供から大人への成長を見ていたからさ。」
「しかし、子猫に名前つけるか? 」
 大切な子供の名前を子猫につけているので、呆れたら、実兄は、クスクスと笑って、「亭主が、『刹那にしろ』って言ったんだ。俺は、ちびって呼んでたんだけどな。」 と、返事して本格的に晩御飯の支度に入った。