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こらぼでほすと ちょい先の話にるらい編1

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 子猫は、背中を撫でてやると大人しく膝の上に座り込んだ。片手間に、子猫の背中を撫でつつ、新聞に目を通す。台所からは、ガチャガチャと支度の騒々しい音がしている。ここの時間は緩やかに過ぎていく。ぼんやりと新聞を目で追っているフリで、その実兄の姿を眺めていた。あれから三十年。自分も区切りをつけた。まだ、ライルの亭主が戻るという連絡はない。
 もしかしたら、自分は逢えないかもしれない、とは、ライルも考えていた。それでも、ナチュラルなままで組織で働いた。イノベーターが増えていく過程で、ナチュラルである自分が必要だろうと思っていたからだ。人類全てが、イノベーターに変化するわけではない。だから、組織でもナチュラルが混じっている。どちらも、組織の理念に基づいて働いているが、お互いが分かり合うには、言葉が必要で、それを体現するには、マイスター組にもナチュラルな人間が必要だったからだ。ようやく、半数がイノベーターとなったが、ナチュラルとの接し方は、理解してくれたはずだ。どちらにも利点があるし、どちらにも弱点がある。それらを理解してもらうには、マイスター組リーダーがナチュラルのほうが都合が良かった。ライルは、イノベイドと分かり合えた一人目のナチュラルな人間だ。その経験を、ちゃんと後継者たちに伝えたかった。だから、亭主と会えなくても後悔はない。ちゃんとイノベーターとナチュラルが分かり合っている組織の中の関係を喜んでくれれば、ライルは報われると思っている。
 実兄は、そんなことは考えなかった。遠い星へ出張ったライルの亭主が、帰ってきた時に、誰も知り合いがないことを心配した。誰かが待っているなら、帰ろうと考える。それがなければ、もういいか、と、諦めてしまうかもしれない、と、思ったからだ。冷凍睡眠で待つか、それとも、ギリギリまで周囲と暮らすか、迷ったらしいが、ニールの亭主が、それを解決してくれた。そのままで、待つ方法を持っていたからだ。実兄は、亭主と一緒に時間を止めた。だから、三十年しても、三十年前と変わらない姿のままだ。



 玄関から足音が近付いた。居間に現れたのは、ニールの亭主だ。ライルに目を留めて、おう、と、軽く手を挙げた。
「お久しぶりです、お義兄さん。」
「おう。・・・・おい。」
 台所に向かって声を張り上げて、ダウンジャケットを脱ぐ。おかえりなさい、と、実兄がやってきて、そのジャケットを引き取って財布やら携帯端末やらを取り出してハンガーにかける。その間に、義兄のほうは、こたつに入った。
「生きてたか? 」
「なんとかね。ようやく、組織は退職してきました。」
「そうか、じゃあ、こっちに住むのか? 」
「いや、アイルランドへ帰ります。しばらくは、民間人生活を楽しみますよ。」
「民間人って・・・おまえ、あいつの相手もしてやれ。」
「ちょっと、ここで休憩はさせてもらうつもりです。しばらくは、居候で。」
「好きにしろ。」
 相変わらず、寺はオールセルフサービスなので、誰が住み着いても三蔵に文句はない。どうせ、世話するのは女房だ。それに、女房の暇つぶしにもなる。
「はい、とりあえず、ここいらで始めててください。」
 亭主が一服する間に、晩酌のセットが運ばれてくる。それを手早く作ると、同じものをライルの前にも置いてくれる。湯気があがっている焼酎のお湯割りだった。
「俺、最初はビールがいいなあ。」
「え、うーん、今、切らしてんだよなあ。」
「買ってきてやれ。そこのコンビニにあるだろ? 」
「ギネスじゃなくてもいいか? 」
「なかったら、黒ビールがいい。それもなかったら、普通の。」
「わかった。じゃあ、ちょっと行って来ます。」
 ニールは財布だけ持つと、台所の鍋の火を消して出て行った。義兄も、相変わらず三十路の見た目だ。それが、お湯割りをごくりと飲んで夕刊に目を落としている。
「ねぇ、お義兄さん。なんで、『刹那』なんですか? 」
 膝の上に座っている子猫の名前に、ちょっと疑問があった。実兄が大切にしている子供の名前をつけるなんて、どうかしていると思ったのだ。その問いかけに、義兄はぶっきらぼに返してきた。
「練習だ。」
「はい? 」
「これから、俺たちは、おまえらを見送ることになる。その度に落ち込まれるのも厄介だから、練習させてんだ。・・・・猫なんて、せいぜい十二、三年が寿命だろ? 適当に耐性をつけときゃ、それほど落ち込まないと思ってな。」
 トダカの時は、相当に長いこと落ち込んでいた。人間なんて寿命があるのだから、別れはくるのだ。それがわかっていても、女房は嘆いた。そんなふうに、いちいち、落ち込まれるのも面倒だから、子猫を用意したのだ。最初の子猫は、二十年生きた。ちゃんと大往生と呼べる死に方で、ニールも泣きはしたものの、それほど落ち込まなかったのだ。それに、子猫の世話をしていれば、それはそれで楽しいらしいから、そういう意味でもあったらしい。
「それに、黒チビの名前を呼んでやるのも、あいつにはいいと思ったんだが、いけないか? 」
「いや、いけなくはないんですが。」
「なら、そういうことだ。それと、おまえ、耄碌したら、こっちに住め。どうせ、うちのが看取ることになるんだから、離れた場所だと、あいつが心配して、俺の世話をしなくなる。」
 そう言われて、ライルも気付いた。時を止めるということは、置いていかれるということでもあるのだ。見知っているものが、どんどんと消えていくことになる。今は、まだトダカだけだが、そのうち、キラたちも時期が来る。その前にライル自身だ。
「いや、俺のことは、いいですよ。適当にしてもらえば。」
「そうもいかないだろ。あいつの役目は、黒ちびを待つことと、おまえらを見送ることだ。それが、あいつに課せられてる役目なんだよ。」
 人間から人外のものになったことで、ニールには、ふたつの仕事が出来た。刹那を待つこと、それと、知り合いを見送ることだ。人間を辞めることで、ニールは死ぬことはできなくなった。それの見返りが、そういうものだと、義兄は説明してくれた。死ねないということは、周囲の大切にしていた人間が消えていくのを見守っていることでもあるのだ。
「じゃあ、お義兄さんは誰を見送るんですか? 」
「うちの女房だろうな。俺の関係者なんて、人外ばかりだから、見送るヤツはいない。俺には、俺の役目がある。見送ることじゃねーよ。」
 求婚の時に約束はしてある。そうなるかならないかは、まだわからない。ただ、そういう約束はしてあるので、見送るとなれば、女房だけだ。
「それって・・・どういうことです? 」
「あいつは、黒ちびの寿命に付き合いたいだけだ。黒ちびが死んだら、それで、あいつの用事も終わる。それまで時間を止めてるんだから、そういうことだ。」
「お義兄さんと一緒に生きてればいいんじゃないですか? 」
「無茶を言うな。誰もいなくなったら、あいつは壊れる。俺は、あいつを引き止める枷にはならねぇーんだよ。」
 ニヤニヤと楽しそうに紫煙を吐き出して、とんでもないことを言っている。べったりと一緒に暮らしているのに、その意見なのが、おかしい。
「三十年もイチャイチャしてて、その意見なんですか? 」
「そういう意味では変わらないな。」