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私に帰属せよ

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「シャーロック・ホームズ」

 名前を呼ばれた気がして、意識が浮上しそうになったときに、唇に固形物――小さなショットグラスが触れ、口の中に熱いものを流し込まれた。目を見開いて、飛び起きようとして、流し込まれた熱い液体……おそらくきついブランデーか何かだろう、が喉に詰まって咽る。
 俯いてせき込みながら、目の前に座り込んだ、このアルコールを提供したらしい男を観察した。顔や髪から判断して、四十代の男性。眼球やその周囲の様子から生活は酷く不規則で、身なりは上質の物を着ているが小汚くくたびれていて、デザインが世紀単位で旧い。武装はしていないが、身体、特に上半身が鍛えられており、袖がまくられた腕や胸元から覗く肌にいくらか見える傷や痣からして、何らかの武術を会得しており、今も現役だと思われる。何か騒動に巻き込まれたのか、顔に青痣ができている。腕には何かの破片で細かい傷がいくつかついているのに加え、目立たないところに注射の跡。頻度はそう多くなさそうだが、「薬」とみて間違いない。無意識かわからないが右肩のあたりを時々気にしており、古傷か新しい傷がある。嗅ぎなれない煙草、……違う、パイプを吸っており、犬を一匹飼って――いや、飼って「いた」。
 そこまで読み取って、彼は呼吸を整えるために一度大きく息を吐いた。目の前の男は人の好い、それでいてうさんくさい笑みをい浮かべ、シャーロックに笑いかける。

「お目覚めかな?」
「……気付け薬のつもりか。普通そういうものは『嗅がせる』ものだと思うが」
「それはそうだけれど、やってみたかったからね。立てるかい?」

 いけしゃあしゃあと言い放って、立つのを手伝おうかとするように左手を差し出す彼の手を無視して立ち上がる。男は心外だという風に目を見開き、肩をすくめた。

「ここは、どこだ。お前は」
「とりあえず、君はシャーロック・ホームズなんだろう。今のところはそれさえわかっていたらいい。話をしよう、ホームズ君。さあ、座ってくれ」

 どこに、と彼に言おうとして、いつのまにか自分たちが部屋の中にいることに驚く。我らが愛しの221Bのフラットだ。そして男は、シャーロックではなくその助手の椅子の方へ男を座らせるように手を向けていた。

「……それは僕の椅子じゃない」
「そうか。それで?」
「それで、だと? もう一度聞く、お前は誰だ、どうしてここにいる、いや、そもそもなんで僕がここにいるんだ! 僕がここに帰ってくるのは明日のはずだ!」
「落ち着きたまえ、KID。なるほど、君の助手が君の精神年齢をを12歳としたのも頷けるな。君には大人の余裕というものが感じられない」
「フン、口を閉じろOldman。そしてそこは僕の椅子だといっているだろうこっちの椅子に座れ!」

 親友の椅子を指さすシャーロックに、彼の椅子に座ろうとしていた男はやれやれとため息を吐くと、シャーロックの指示通りに別の椅子に座りなおした。シャーロックが自分の定位置に収まって、前屈みになって男を睨む。いくら自分が子供っぽいといわれようと、いつもならここまで反発心が掻き立てることはなかった。そう、まるで、二つの同じ極の磁石が反発し合うかのような――

「そう睨まないでくれよ。そして、あー、マインドパレス、だったかな? そこには入らないでくれ。時間が無駄にとられる。
 では、君の質問に答えよう。まず、私の名前はシェリングフォード。もちろん偽名だ」
「お帰りはあちらですよミスターシェリングフォード」
「なるほどここでは扉があるにもかかわらず窓から出入りするのか、大変だな! 君の同居人に心底同情するよ。それともあの窓の出入り口は君限定か?
 ああ、偽名なのにはきちんと理由があるんだ。あとで説明しよう。そのときに私の本当の名前も話す」

 きびきびとした動きで話すシェリングホードに対し、もはやシャーロックはうんざりしていることを隠そうともせず、まるで兄と相対しているときのような表情を見せていた。

「さてホームズ君。私がここにいるのは、私が君に会いに来たから。そして明日ここに帰ってくるという現実に反し君がここにいるのは、これが夢の中だからだ」
「なるほど夢か。なら仕方がない。僕は今すぐこの悪夢から起床して心地よいレム睡眠をとりなおさなければならないな。さぁ起きろシャーロックホームズ!」
「この話が終わってからなら君の頬を抓るなり足を蹴飛ばすなりいくらでも手伝おう。しかし今は君には寝ていてもらわなくてはならないんだよ。
 さっきいったとおり、君に話があるんだ。君の同居人で親友のジョン・ヘイミッシュ・ワトソンについて」

 その名前が出た瞬間、シャーロックはそれまで大げさな身振り手振りで話していたのをぴたりと止め、じっと目を細めてシェリングフォードを見詰めた。

「……夢というのは」
「夢というのは、身体が睡眠という休息を取っている間も働いている脳がその日見た記憶を整理しているので、瞼の裏で様々な場面が滅茶苦茶な順番で再生されているもの。だからこそ夢は脈略のない場面が連続する。そうだ。君が言わんとするとおりの説もあるだろう、ホームズ君。スピリチュアルな意見では、君の夢に出てきている人は君に逢いたがっているからだというのもあるな。しかしこれは違う。別にこれは記憶が再生されているわけでもないし、といって面識のない私たちがお互い会いたがったわけではない。それは私が保障しよう。
 この夢はね、ホームズ君。ジョン・ワトソンに関して、君へ、私、いや、"私たち"からの警告だ。いや。警告というと仰々しいな。"彼"はなんといったか……『心の準備をするため、心に留めておいてほしいこと』、だったかな?」
「くどい。シェリングフォード。さっきからお前の話は遠回りばかりだ。夢の中とはいえ、僕に無駄な時間を使わせるな。単刀直入に聞くからシンプルに答えろ。お前は何者だ?そして、お前がいいたいこととは何なんだ?」

 シャーロックの言葉を聞いて、シェリングフォードと名乗った男は楽しそうに微笑んだ。そして、こう告げた。

「それではシンプルに答えよう。
 私の名前はシャーロック・ホームズ。そしてシャーロック・ホームズからシャーロック・ホームズへ告げる。『ジョン・ワトソンを失う心の準備をしておけ』」

作品名:私に帰属せよ 作家名:草葉恭狸