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孵化をやめ腐化を始める

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 それから数か月後、シャーロックの息が絶えた。
 ジョンは、彼の心臓が丸ごと抉り取られたかのような痛みに耐えなければならなかった。一時期納まっていた彼の手の震えはまたぶり返すようになったし、足を引きずる感覚も、杖も、悪夢もまた一層酷くなって戻ってきた。ウェルカムホーム! 震える片手では胸のぽっかり空いた場所を上手く塞ぎきれず、彼の胸からはシャーロックがいなくなってしまった直後より量はだいぶ減ったものの、血がずっと流れていた。
 ある晩、パブの帰りに夜のロンドンの街を歩いていたジョンは、ふとシャーロックが以前ロンドンの夜空で輝く星を美しいといっていたことを思い出した。今考えると珍しいことこの上なかったが、彼がそのような美しさを感じる「心」を持っていたことの証明になる、と一人笑って、人の邪魔にならないように道の端により、夜空を見上げた。
 今の自分の体では夜のロンドンの路地なんて歩けやしない。人通りの多い明るい通りから見上げるロンドンの夜空はやはりほとんど星なんて見えなかった。それでもジョンはぼんやりと空を見上げる。天国は空の上にあるようなイメージだが、シャーロックはきちんと天国にいったのだろうか。天使と口喧嘩でもして地獄に放られていてはかなわない――クツクツとジョンは笑って、そして気付いたのだ。
 それは「あの女」のことだった。その瞬間までジョンは数か月前まで自分を悩ませていた女性のことをすっかり忘れてしまっていた。彼は唖然と星のないロンドンの空を見上げる。そういえば人は死んだらお星さまになるのよ、という話も聞いたことがあった。あの二人はきっとこれらの人工の光にかき消されるような星ではなく、もっと強く輝くだろう――そこまで考えて、彼は「あの女」に対して完全に敗北したことを認めなければならなかった。あまりに完璧に叩きのめされたせいで現実味がなく、笑いさえ起きない。もちろんシャーロックが彼女の下に行くために飛び降りたなんて心底馬鹿らしいことは考えることもなかったが、今ではもしかして彼らも隣り合ってようやく念願の「お食事」ができているのかもしれない、とロマンチックな気分に浸りながら悲嘆に暮れた。やってられない。
 そのまま暫くジョンは夜空を眺めていたが、俯いて、首を振った。白旗の合図だった。あの日のように手を伸ばしてみても、それこそあの日と同じように決して彼らはこちらを見ないし、こちらが何を言ってもお構いなしなのだ。
 そうしてジョンは、杖をついて家までの道を歩き出し、熟れ過ぎた果実のようにやわらかくなっていた彼への感情を握り潰した。




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(やがてそれは宿主にもうつり、腐り落としてしまう?)