FATE×Dies Irae2話―4
「盛り上がってるところ悪いんだけどよ、今日のところはここらで手打ちってことにしちゃくれねえか?」
司狼はにやにやと気負いのない物腰で、セイバーとバーサーカーの間に割って入った。
水をさされたイリヤはいかにも不機嫌そうに頬を膨らませ、
「何、あなた? マスターでもない有象無象が、いきなり気持ちよく仕切っちゃってさ。部外者は大人しく引っ込んでなさい」
「お説ごもっとも。けれどお生憎様、俺もあながち部外者ってわけでもねえんだわ」
「……ふーん」
血色の瞳を凝らし、値踏みするように、じっと司狼を見つめるイリヤ。
司狼の口ぶりに興味を引かれたというよりは、その存在自体に無視しえない何かを見出した様子だった。
「あなた、ずいぶんと変わってるのね。魔術師なのは間違いないけど、気配がすごく変。見たことも聞いたこともないタイプだわ。もしかして、システムにちょっかいを出したのはあなたかしら?」
「ああん? システムだぁ?」
「聖杯戦争の、よ」
事も無げにイリヤは言う。
士郎に凛、そして満身創痍のセイバーまでが、驚きによってだろう、一様に息を呑んだ。
「冗談。そりゃ変わり種なのは認めるけどよ、俺はんな器用じゃねえさ。まあ、誰の仕業かは察しがつくがな」
「あ、そう。まあ別にいいけどね。何がどうなったところで、勝つのは私とバーサーカー以外にあり得ないんだから」
「大した自信じゃねえか。――けどよ、そりゃ聖杯戦争が滞りなく執り行われたらの話だろ?」
「どういう意味?」
訝しげに眉を寄せるイリヤ。
司狼は事の経緯を、簡潔に、掻いつまんで説明した。
「――そう。話は分かったわ。だから私とも、一時的に協力関係を結びたいと、そう言いたいわけね?」
「おうよ」
「お断りだわ」
即答だった。取りつく島も無く。きっぱりと。
「あら、それはどうしてかしら?」
口を挟んだのは凛だった。
イリヤが、嘲りもあらわに言い放つ。
「愚問ね。最強の英霊を従える私が、どうしてあなたたちみたいな雑魚と手を取り合わなくちゃいけないわけ? 黒円卓? カール・クラフト? 目じゃないわ。だって、私のバーサーカーは無敵だもの。それにね、凛。同盟というのは対等な者同士が結ぶ関係よ。そういうことは、せめてバーサーカーと互角に張りあってから言いなさい」
「――――っ!」
「くっ……!」
凛とセイバーは悔しげに奥歯を噛み鳴らし、
「そりゃつまり、そのデガブツさえ黙らせられりゃ考えてくれるってわけかい?」
飄々とうそぶく司狼の手に、禍々しい装丁の一冊の手記が顕現する。
『血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)』――司狼の聖遺物だ。
「へー」
イリヤの声から抑楊が消えた。底冷えするような凍えた殺意を瞳に灯し、司狼を睨みつける。
「私ね。弱い犬が吠えたてる姿って、嫌いじゃないの。だって滑稽なんだもん。だけど、あんまり生意気が過ぎるのは見ててむかつくかな。あなた、マスターじゃないようだし大人しくしてるなら見逃してあげようかとも思ったけど、気が変わったわ。そんなに死にたいんだったら、まずはあなたから始末してあげる。やっちゃえ、バーサー――」
「ちょい待ち」
「……何? 今さら命乞い?」
「バーカ、違えよ。おっぱじめる前に一つ確認しておきたいんだけどよ。そっちのでかいのはヘラクレスで間違いねえんだよな?」
「ええ、そうよ。ギリシャ神話最大の英雄。主神ゼウスの血をひく半神半人の豪傑」
イリヤは誇らしげに胸を張り、
「半神半人、ね」
司狼の頬に獰猛な笑みが広がる。
「そうかい……。そいつは重畳!」
真紅のコートをひるがえし、司狼は臨戦の気迫とともに必殺の呪を紡ぐ。
アセトアミノフェン アルガトロバン アレビアチン
エビリファイ クラビット クラリシッド グルコバイ
ザイロリック ジェイゾロフト セフゾン テオドール
テガフール テグレトール デパス デパケン トレドミン
ニューロタン ノルバスク レンドルミン リピトール
リウマトレック エリテマトーデス ファルマナント
ヘパタイティス パルマナリー ファイブロシス
オートイミューン ディズィーズ アクワイアド
インミューノー デフィシエンスィー シンドローム
世界が軋む。空間が歪む。
司狼を起点におびただしい魔素が激しく渦を巻き、辺りをその渇望の色に塗り替えていく。
バーサーカーは動かない。
イリヤスフィールは余裕の笑みを浮かべたまま、静観の構えを見せる。
全力を出し切らせた上で捻り潰す。
司狼を見下す少女の双眸は、絶対の自信と傲岸な嗜虐心に妖しく輝いていた。
上等と、司狼はほくそ笑む。
「――創造!」
その油断、遠慮なく突かせてもらおう。
「マリグナント・チューマー・アポトーシス!」
瞬間、世界が一変した。
黒と黄色のねじくれた格子模様が戦場を覆い尽くす。
「まさか、そんな……!? 固有結界!?」
驚愕する凛。
「くっ!」
『――――――』
苦悶の呻きを漏らしながら、セイバーとバーサーカーが膝をつく。
「ふーん、さすがに消滅までには至らねえか。聖杯の加護によるものか、抗魔力の高さゆえか、それとも英霊としての破格の魂が為したわざか。何にせよ大したもんだわ」
神秘――そして、神性の否定。それこそが遊佐司狼の抱く渇望であり、場を支配するルールの正体だった。
必然、この異界においてもっともワリを食うのは、存在そのものが神秘の塊であるサーバントたちに他ならない。
そして、
「何、これ……!? 魔術回路が励起しない……! バーサーカーのステータスがどんどん下がってく……! 一体、何をしたの!?」
イリヤの顔に、はじめて動揺の色が駆け巡る。
ただでさえ白いその顔は、今や酸欠にでも陥ったかのように真っ青に染まっている。
彼女の正体がホムンクルスであることは、司狼も一目で見抜いていた。
神秘によって生み出された生物だけに、司狼の『毒』は、通常の魔術師に対してよりも、より深刻に少女の身を蝕んでいるのだろう。
「バーカ。格下の俺が、ペラペラ種明かしなんざするわけねえだろうが!」
司狼の手から魔道書が消え、代わりに二丁の大型拳銃が、忽然とその手の内に出現する。
「さてと。初手からいきなり必殺技ってのは、ぶっちゃけ負けフラグじみてて縁起でもねえが、下手に出し惜しみなんざしてたら速攻瞬殺されちまいそうだからな。悪いが最初から全開でいかせてもらうぜ、お嬢ちゃん!」
開戦の号砲が鳴り響く。
構えた拳銃が火を噴き、灼熱の魔弾がバーサーカーの巨躯に突き刺さる。
『――――――』
バーサーカーの絶叫が轟いた。それは、今宵狂戦士が上げたはじめての悶絶の叫びだった。
『血の伯爵夫人』によって魔性を帯びているとはいえ、弾丸の威力はたかが知れていた。
アーチャーの矢には勝るだろうが、セイバーの太刀には届くまい。
だが、セイバーの一太刀すらもかすり傷程度に黙殺した巨漢に、司狼の銃撃は確実に痛打をあたえていた。
司狼の渇望は、とりわけ神性を帯びた相手にこそ抜群の効果を発揮する。
作品名:FATE×Dies Irae2話―4 作家名:真砂