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FATE×Dies Irae2話―4

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 どうやらその威力は、鉄壁を誇った狂戦士の鎧さえも剥ぎとったようだ。
「バーサーカー!?」
 切迫したイリヤの声。
 バーサーカーは大剣による防御を試みるが、司狼の創造によって著しく精彩を欠いたその身のこなしでは、矢継ぎ早に浴びせかけられる魔弾の雨、そのすべてを防ぎきることはかなわない。
 打ち漏らした銃弾が、少しずつ、着実にバーサーカーの身体を削っていく。
『――――――』
 バーサーカーが吼えた。
 斧剣を道路に深く突き立て、そして渾身の力で掬い上げる。
 おびただしい粉塵を巻き上げながら、アスファルトの津波が司狼めがけて押し寄せた。
 司狼は跳躍してそれをやり過ごし、
「――――ッ!」
『――――――』
 粉塵を突き破り、バーサーカーが飛びかかる。
 銃撃。――ものともしない。
 大上段に振りかぶられた斧剣が、飛翔半ばの司狼をとらえた――かに思われたその刹那、突然、司狼の身体があらぬ方向へと引っ張られた。司狼の片足から伸びた数本の鎖が、民家に絡みついて彼の身体を巻き上げたのだ。
 その変則的な軌道を追いきれず、ほとばしった斧剣が空を切る。バーサーカーは塀を蹴りつけ、すかさず追撃に移った。
「鬼さんこちら、ってな!」
 逃げる司狼。追いすがる狂戦士。
 形成された無数の鎖が縦横無人に虚空を走り、司狼はでたらめなアクロバットでバーサーカーの追撃をかいくぐる。狂戦士は天衣無縫な司狼の動きに翻弄され、その裾さえもつかめないまま一方的に砲火を浴び続けた。
 もはや完全に司狼のペースだ。――少なくとも傍からはそう見えただろう。だが、実情は目に映るほど単純ではない。
 司狼の渇望に毒されてなお、バーサーカーの地力は依然高い水準を維持していた。少なくとも司狼とくらべても頭一つは抜きんでていたし、一撃必殺の破壊力は今もまだ健在だ。
 司狼はありったけの小細工を駆使することで、どうにか優位を保ち続けているにすぎなかった。一度のミスで全てをひっくりかえされてしまうような、綱渡りじみた危うい優位を。
『――――』
 薙ぎ払いの一太刀が、張り巡らされた鎖の一部を粉々に砕き裂く。
 その中には、今まさに司狼の身体を引っ張ろうとしていたものも混ざっていた。
「ちっ……!」
 回避の途中。勢いを失った司狼に向かって、バーサーカーの巨腕が伸びる。
 司狼は慌てて別の鎖を電柱に絡め、寸でのところで狂戦士の魔手から逃れた。だが、
「なっ……!?」
 突如すさまじい力に引きずられ、なすすべもなく地面に叩きつけられる。
 バーサーカーが、斬り裂いた鎖の端を鷲掴んで、司狼を地面に引きずり降ろしたのだ。
 そのまま今度は、己が間合いへと司狼の身体を手繰り寄せる。
 慌てて鎖を消す。間に合わない。
 懐へと飛び込む司狼を、高々と振り上げられた大剣が出迎える。
「――――ッ!」
 右? 左? それとも後ろ?
 駄目だ。ただでさえ体勢を崩した状態での半端な回避行動を強いられているのに、このうえ引き寄せられる力のベクトルにまで逆らっていたのではとても避けきれない。
 ゆえに司狼が活路を求めたのは正面。
 引っ張られた勢いを利用し、巨刀が打ちおろされるよりも速く、狂戦士の脇を駆け抜ける。それしかない。
 だがその程度の浅知恵は、当然向こうも警戒しているはずだ。
 それに、もし仮に意表を突けたとしても、単に司狼の脚力が加わったくらいで、バーサーカーが目測や反応を狂わせるとは思えない。
 さらにもう一手必要。ならば――
「こなくそ!」
 やけっぱちに叫びながら、全速力で突っ込む司狼。斧剣が轟風をまとってほとばしる。
「司狼!」
 血の気の失せた士郎の悲鳴は、次の瞬間、けたたましい爆音によって掻き消された。
 放たれた斧剣の一撃が、異界に染まった街並みを震撼させる。
 破壊の衝撃波が、瓦礫と粉塵を伴って激しく吹き荒れた。そして、
「あっぶねー……」
 はたして司狼は無事だった。
 斬撃を紙一重でかいくぐった司狼、バーサーカーのはるか背後に回り込み、冷や汗まじりに息を吐く。
「今のはマジ死ぬかと思ったわ。いやー、肝っ玉が竦んだぜ」
 おどけた態度の司狼を、イリヤは忌々しげに睨みつける。
「銃に鎖、魔道書に固有結界。そして次はソレ? 次から次へと多芸なことね」
「おうよ。何つっても手数の多さが俺の武器なわけだし」
 司狼は自慢げに語りながら、挑発するように二度、三度とアクセルを噴かせた。
『血の伯爵夫人』によって形成されたその大型バイクこそが、司狼を窮地から救ったものの正体だった。
「さてと……そろそろ宴もたけなわって感じだな。んじゃ、ぼちぼち決着といきますか」
 これまで以上に深くアクセルを捻り、凶悪なエグゾートを轟かせる司狼。
 これで決める。そんなこちらの意図を察したのだろう。
 バーサーカーは油断なく司狼を見据えたまま、ゆっくりとイリヤを肩から下ろし、己の背後へと下がらせた。
 セイバーは半死半生、アーチャーは結界の外に締め出され、そして後の二人は『ただの』魔術師。今この場において唯一の――そして最大の――脅威は、目の前の司狼だと狂戦士は判断したに違いない。
 巌のごとき不動の佇まい。
 こちらの全霊を、まっこうから迎え撃つ腹か。
 司狼の血が熱く滾る。
「いいねー、上等――そうこなくっちゃな!」
 喜悦に口の端を吊り上げて、司狼は一迅の颶風と化した。
 流れるようなギア操作と総排気量1000CC超のエンジンが生み出す超加速。バイクは瞬く間に音速の壁を突破し、彼方の敵手を蹴散らさんと獰猛に大地を駆け抜ける。
 彼我の距離は見る間に縮み、剣の間合いへと飛び込んだ。
 薙ぎ払いの構えで待ち構えていたバーサーカーが完璧なタイミングで即応する。だが、狂戦士の大剣が司狼めがけて閃くことはついぞ無かった。司狼の突貫に合わせて四方から飛来した鎖が、今まさに繰り出されようとしていた斧剣を絡め取ったのだ。それは先刻バーサーカーによって断ち切られた鎖の、文字通り『片割れ』だった。
 鎖は狂戦士の怪力によって一瞬で引き千切られた。だが、その一瞬こそが、この戦いの明暗を分けた。
「おら! 歯ぁ食いしばれや!」
 轟音。衝撃。ウイリーさせたバイクの前輪が、岩肌じみた分厚い胸板に激突する。
『―――――――――』
 超高速かつ超重量級の突進をまともに食らい、バーサーカーの巨体が吹っ飛ぶように後ずさる。
「バーサーカー!」
 叫ぶイリヤの姿が、あっという間に視界の端を流れていく。
 だが敵もさる者。突進の勢いに押し切られながらも轢き潰されることなく食らいつき、やがて完全に踏みとどまった。
 しかし、それこそが司狼の狙い。
 今この瞬間、バーサーカーは完全にその自由を奪われていた。
「大盤振る舞いだ! 受け取れ!」
 バーサーカーの背後に、忽然と鋼鉄の棺桶がそそり立った。
 アイアインメイデン。悪名高き拷問危惧は、バイクごとバーサーカーの巨躯を呑み込んだ。
 それだけでは終わらない。寸前で背後へと跳び退いていた司狼の右腕から無数の鎖がほとばしり、『鋼鉄の処女』をがんじがらめに縛りあげる。
「そら! もう一つおまけだ!」
作品名:FATE×Dies Irae2話―4 作家名:真砂