FATE×Dies Irae2話―4
そして仕上げとばかりに放たれた銃弾が、特大の棺桶の上にぽつんと置かれた金属製の水筒を打ち抜いた。
ぶちまけられた液体は瞬時に凍てつき、『鋼鉄の処女』を覆い固める。
液体窒素。これも無論、『血の伯爵夫人』の洗礼を受けたものだ。
棺桶。鎖。液体窒素。そして創造位階による四重の拘束が、百戦錬磨の大英雄を封じ込めた。
鎮座する鋼鉄の処女は微動だにしない。
「と――まあ、ざっとこんなもんよ」
司狼は颯爽とジャケットを翻し、得意満面にイリヤスフィールを振り返った。
その視線を受けとめる少女の瞳には、もはや虫けらを見下すような冷えた輝きはなかった。
透徹した美貌には、対等の敵手に向けるような、ある種の敬意すらこもっていた。
「あなた、名前は?」
「遊佐司狼」
「そう」
イリヤはたおやかな挙動でスカートをつまみ、淑女のように一礼する。
「前言は撤回するわ、司狼。あなたは有象無象の雑魚なんかじゃない。人の身で英霊――それも、私のバーサーカーとここまで渡り合ったその力。同じ魔術師として驚嘆と尊敬に値するわ。先だっての非礼、つつしんでお詫びしましょう」
「そいつはどうも」
「けど、ごめんなさい」
顔を上げたイリヤの面に、年相応の愛らしい笑顔が広がる。
鼓膜をつんざく破砕音が爆ぜ散った。『鋼鉄の処女』を内側から木端微塵に吹き飛ばし、バーサーカーが姿を見せる。
(おいおい、一撃かよ)
これにはさしもの司狼も、にやついた頬を引き攣らせずにはいられなかった。
「同盟の件、やっぱりお断りするわ。私、誰かとつるむのって好きじゃないから」
司狼の危惧と警戒をよそに、解き放たれた狂戦士は透けるように消え去った。
力つきたという感じではない。少女の意を汲み、霊体化したのだろう。
「でもそうね。あなたの活躍に免じて、今しばらくはお兄ちゃんと凛への手出しは控えてあげる。とりあえずは、それでどうかしら?」
「結構。まあ、落とし所としてはそんなもんだわな」
司狼は少女に戦意が無いのを見てとると、ひょいと肩を竦め、結界を解いた。
すぐに深夜の街並みが現れる。まるでこの一帯だけ爆撃でも受けたかのような酷い有様だ。
不意に霧が立ち込めた。自然のものではない。魔術。イリヤの仕業だ。霧はあっという間に辺りを覆いつくし、少女の声だけが木霊するように響き渡る。
「じゃあねお兄ちゃんたち。今夜はなかなか楽しかったわ。けどお兄ちゃんと凛は、今度やりあう時までにもうちょっとマシになってて欲しいかな。今のままじゃ、ちっとも歯ごたえが無いんだもの!」
視界が晴れたその時には、少女の姿はもうどこにもなかった。
「……どうやら、引いてくれたようですね。――うっ……!」
「セイバー!?」
緊張の糸が切れたのだろう。
力つきた様子でくず折れかけたセイバーの肩を、傍らの士郎が慌てて支える。
「凛!」
こちらはアーチャーの声だ。距離の関係で一人だけ結界の外に締め出されていた彼だが、マスターの身を案じ、血相を変えて駆けつけてきたのだろう。司狼の創造の性質からして、おそらく感覚の共有も途切れていたはずだから、アーチャーとしては気が気ではなかったはずだ。
「大丈夫。大事ないわ。それよりも早くここを離れましょう。イリヤスフィールも前もって人払いくらいはしてたでしょうけど、あの娘が帰っちゃった今、いつ人が集まってきてもおかしくないわ。それにセイバーも早く休ませてあげたいし、さしあたって込み入った話は明日にしましょう」
凛の意見に、異論を唱える者は誰もいなかった。
「……にしても、盛りだくさんな一夜だったな」
ぽつりとこぼれた司狼のぼやきは、おそらくは満場の思いを代弁していたに違いなかった。
作品名:FATE×Dies Irae2話―4 作家名:真砂