振り向けば奴がいた
日本の家に早く着き過ぎた俺はとんでもない場面に出くわした。
開いたままの玄関の向こうに日本の姿を見つけたから、
しゃがみ込んでいる背中に声をかけようと口を開く。
だが。
「すぐに用意しますからね、アーサー」
振 り 向 け ば 奴 が い た
〜 イ ギ リ ス ver 〜
一瞬耳を疑った。
何故日本が俺の名前を呼んでいるのか。
しかも呼び捨て。
今まで呼ばれたこともないのに、何故そんな違和感もなく名を口にできるのか。
振り返ったあいつの腕には猫が心地よさそうに身を預けていた。
猫の名が『アーサー』だとすぐに気付いたが、何故俺の名前なんだ!?
いや、落ち着け俺。
『アーサー』なんて名前は別に珍しくないだろう。
もしかすると何かの切っ掛けでそういう名前をつけたのかもしれない。
ま、まさか俺の名前からとったなんてこと………
べっ、別に嬉しいわけじゃないんだからな!
ただ……日本は、この名前自体が好きなのかとか思っただけで……
日本は名付けた名前について何か言いたげに口を開いたり閉じたりと繰り返している。
なんで慌てているんだ……?
あと顔も赤………い、いやいやいや!
それはないだろう……うん、あまり期待しない方がいいよな…
まさか、な…
「あの……聞かれました……よね?」
「あ、あぁ…」
何を……と聞かなかった振りもできただろう。
こいつ自身、聞かれたくなさそうな雰囲気を醸し出していたし。
だがこんな時に限って俺は素直に頷く。
何故って、やっぱり気になるからだ。
期待してはいけないと思いながらも、実は大いに期待している。
日本は大きな目を伏せて溜息を一つ吐く。
「あぁぁぁ……なんて醜態を…凄く引き籠りたい…」
「日本……なんでその猫……」
俺と同じ名前なんだ?……と訊ねようとした口を噤んだ。
言えるわけねぇだろぉぉぅっ!!
自分が発言しようとしたセリフ……
恥ずかしさのあまり内心自分の頭を壁にぶつけたい衝動に駆られるが、何とか抑える。
「実は…………折角イギリスさんからお名前を教えていただいたのに……
一度も呼ばないのは失礼かと、思いまして…その、練習を…」
………押し倒してもいいか?
好きな奴の頬を赤らめ、羞恥に耐えながら話す姿を見て手が出ない方がおかしいだろ?
なんだ、この可愛さは!
あぁぁ…キスしてぇ。
押し倒して肌蹴た衣服から手を突っ込んで滑らかな肌を弄り舐め回し甘い声を出させ
淫らな姿に恥ずかしがる日本………
滅茶苦茶見たい…
何度そう願ったことか…
悶々と(日本で言う)破廉恥な妄想を繰り広げる。
しかし、本当にそんなことをすれば忽ちこいつは俺から離れるだろう。
免疫がないから「イギリスさん、不潔です!」なんて言って締め出される可能性は大いにありえる。
見下されるのもまた新感覚かもしれないが…
日本に嫌われることだけは避けなければ。
そう思えばなんとか自分の欲を抑えることができた。
よく耐えた、俺。
「じゃぁ、さ。俺もお前のこと菊って呼ぶから、練習しねぇ?」
「え?」
「仕事中は難しいが、こうやって二人でいる時とかは……問題ないだろ?」
「いいんですか?」
「いいぜ……って、別にっお前の為じゃないんだからな!俺のいないところで
猫で練習されると気になるだけなんだからな!」
暫くきょとんとしていた日本…いや、菊は次第に頬を緩めてクスクスと笑い出す。
「ふふ、はい。ありがとうございます。アーサー、さん……」
「ぅ……おう…」
やっぱり押し倒してぇ…
【 END 】