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【現パロ留伊】車椅子の彼

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 俺たちの生きている『日常』は、実はけっこう曖昧なものなんじゃないか、って思う。

 『何か』が変わって、変わってすぐのころは違和感が拭えなかったことでも、変わったことに慣れてしまえば、それはすぐ日常になる。

 それはたとえば、季節の変わり目の転校生だったり、ふくらみ始めた桜のつぼみだったり、目先に迫ったテスト期間だったり、空いたままの教室の一席だったり。

 はじめのころは初対面の転校生を質問攻めにしてみても、慣れればただのクラスメイト。花が見れるのはいつだろうと心待ちにしていた桜のつぼみも、花が葉にとってかわったことにもすぐには気付かなくなっていた。入学したてはあれほどドキドキしたテスト期間も、今ではまたか、のひとこと。


 最初は目新しくて興味の尽きなかったりふとしたときに気にかかっていたそれも、すぐに風化して、日常の景色に変わる。ぽつんと空いた教室の一席も、そう。


 教室からクラスメイトが一人欠けているということに最初は戸惑っていた様子のクラスメイトも、いつしかそれが当たり前であったかのように振る舞うようになった。

 それはまるで、最初からその席に座る人がいなかったかのように。


 でも俺は、まだ違和感が拭えない。教室の、座る人のいない一つの席に。


 俺は別に、教室に空いた席があることを日常として過ごすクラスメイトに何か言いたいわけじゃない。彼らの行動は理解できるし、納得もしている。もし自分が彼らの立場ならきっと同じように行動していただろうから。

 だが、立場が違う。彼らからすればずっと学校を休んでいる病弱ないち生徒でも、
俺からすれば、小さいころからずっと一緒だった、明るくて、元気で、誰にでも優しくて、少し――ではないかもしれないが不運で、大好きな、大切な幼馴染なのだから。


 だから今日も、会いに行く。


"車椅子の彼"


 伊作の居る病院は、学校から急ぎ足で大体一時間。


 ホームルームの終わりを告げるチャイムと共に、補習授業のある生徒を捕まえようとする教師の網から逃げ出して、病院へと自転車をすっ飛ばす。中学に上がったころから使っている愛用の自転車で、信号を避けた道を選べば病院までは自転車で二十分もかからない。

 最早顔見知りとなった門の守衛の男性にひょいっと頭を下げて、定位置である駐輪所の端っこで自転車を止める。かちゃり、と自転車に鍵をかけて弾んだ息を吐くと、首筋を汗が伝って制服のシャツにじわりと染みた。もうすぐ夏も終わりとは言え、体を動かした後は流石に暑い。夏休みなら気温の上がる昼間より前に来ることもできたが、学校が始まってしまったのでそうもいかない。

 だが、冬の指先が凍って感覚すらなくなってしまうのに比べたら、まだこの暑さはマシな方だ。


 でもやっぱり暑いものは暑い。夕暮れまでまだ時間のある日差しから逃げるように、クーラーの効いている病院の中に駆け込む。

 自動ドアを二枚通り抜けると、しん、と冷えた空気が体を包んだ。自然のものとは違う、人工的な冷気。汗の滲む肌にひやりとした空気を感じながら、病棟へと足を進める。幅の広い病院の床に描かれた矢印の通りに、走るわけにはいかないから出来るだけ早足で。

 落ち着いた息をまた弾ませて、病棟へと続く階段を駆け上がる。肩でばたばたとスクールバッグが跳ねる。スニーカーが床と擦れる音が階段に響く。何度も駆け上がった階段は、いつも薄暗く、そこを使う人を待っているかのように静かで、初めて見舞いに訪れたときと変わらない。


それでも確かに、季節は移り変わっている。


 あれから制服は冬服へ、それからまた夏服へと変わり、何度かのテスト期間と、毎年繰り返される学校行事が一巡した。いままでずっと一緒に、二人揃って過ごしてきた季節を、一人で過ごした。
 ……一応言っておくが、他に友達がいないという事ではない。ただ、高校に入ってから知り合った彼らと、彼とではその仲には明らかに違いがある。それだけの話だ。何の縁か、彼――伊作とは、今まで学校もクラスも一緒で過ごしてきたのだから。


 だから、伊作がクラスから欠けてからの季節は、酷く間延びしたものであるような気がした。伊作と一緒だった中学の三年間の方がはるかに短かったような、そんな気がしてしまうほど。


 目的の階まで階段を駆け上って息をつく。自転車を降りてから一度は落ち着いた息がまた弾んでいる。まあ、別にエレベーターを使ってもいいのだが、病院の広くてゆっくりと動くエレベーターに一人で乗るのは少し気が引けるのだ。まあ、何も考えず階段を駆け上るのが嫌いではない、というのもあるのだが。

 それにどうせ乗るのなら、エレベーターには一人きりではなく二人で乗りたい。


 病棟の西側に位置するその病室は空だった。広いとは言えない簡素な一人部屋で、中途半端に開けられた窓の傍でカーテンだけが揺れている。風はあまり入ってきていないようで、部屋にはクーラーの人工的な冷気がまだ残っていた。

 ベッドには人が居た形跡があった。布団の片側だけがめくれていて、手を押し当ててみるが、そこに体温の名残はなくしんと冷たい。シーツに寄った皺は、布団がめくれていた側に、誰かが腰かけたような形で残っていた。
 カーテンの隙間から外を覗くと、病院の広い門と顔見知りの守衛の背中が見える。


 病室に荷物を置いて、もう一度階段に向かう。上ってきた階段とは逆方向の、棟の端のエレベーター脇の階段。使う人の少ないそのエレベーターのランプはRの字を指したまま光っていた。荷物を置いて軽くなった体で、もういちど駆ける。汗がまた額に滲んだ。


****


 屋上に続くドアを開けると、白い波が広がっていた。
 物干し竿に干された白いシーツがまっすぐな列を作り、はたはたと風に揺れている。シーツは何列にも連なって、屋上に白い海を作り出していた。


 階段を駆け上がったせいで急いている足を一度止めて、シーツの波の間を覗いていくようにゆっくり歩く。海に浮かぶ星を探すように。時折、シーツが風に煽られ、大きくはためいて視界をさえぎる。その度に一度足を止めて、はためく波間に星を探す。その波間に伊作が居ないのを見受けてまた、次の波間へと足を進める。


 伊作が部屋から姿を消すことは、今までも時々あった。検査に行っている時もあったが、大体はひとりで屋上に居る。俺が門をくぐったのを部屋の窓から見て、それからひとりでエレベーターに乗って屋上へ行くのだ。部屋に着いた俺が、布団がまだ温いのを確認し、屋上に探しに来るのを待っている。

 初めて伊作が部屋から姿を消した時は酷く焦って病院内を探し回ったのだが(ちなみに屋上でやっと見つけた時、伊作は、見て留三郎いいとこ見つけた、と夕焼け空を指さして笑っていた)、その時から屋上で待ち合わせするのは二人の間できまりごとのようになっていた。
 屋上で落ち合ってとりとめない事―学校のことだとか、今日のテレビのことだとか―を話して、寒くなったり日が沈んで暗くなったりしたら、部屋に帰って続きを話す。なんでもない日のきまりごと。