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【現パロ留伊】車椅子の彼

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 そうじゃない日は、何かある日。それは記念日だったり、季節のイベントだったり、あるいはもっと特別な事。今までなんども経験したその『何か』は、嬉しくて幸せなことだったり、その逆に、ただひたすらに辛く悲しい事であったりもした。
 そんな日は、気が済むまで二人で屋上にいる。雨が降る中傘もささずに居たこともあれば、二人で毛布をかぶって雪が降るのをずっと待っていたこともあった。
 その時の、特に辛い事があった日の記憶は、毎日繰り返される日常の中でも未だに風化することなくそこにある。それを忘れたように過ごしてはいても、時折頭をよぎらずにはいられないのだ。


 ひときわ大きく、シーツが波打った。額に滲んでいた汗はとうに乾いていて、風に髪が揺れる。足はいつしか最後の波間の前にあった。


 吹いていた風が凪いで、視界を塞いでいたシーツが下がる。白い波間の奥に、見覚えのある背中が見えた。黒い無機質な椅子の背から覗く髪。その、少し癖のある栗色の髪は夕陽照らされ茜色に光っている。その夕陽はいつのまにか西の空に傾いていた。

「伊作」
「思ったより早かったね、留三郎」

 波間に足を進めて彼の名前を呼ぶと、車椅子がちいさく動いて伊作の顔がこちらを向いた。その顔が笑っていることに少し安心する。今日は普通の平日で、例えばクリスマスみたいなイベント事があるわけじゃないし、今日が記念日であった覚えもない。それに、布団は冷たかった。
 だから、今日は何かあるのだと。

 それで何があったんだ、と促してやると、伊作は悪戯でもするかのようにくすくすと笑った。

「今日はいいお知らせと悪いお知らせがあります。どっちから聞きたい?」
「――じゃあ、悪い方」

 こういう時は悪い方から聞くのが定石としたもんだろう、と答えると、伊作はもういちどくすりと笑って、


「こうやって屋上でいちゃつけるのもあと少しになってしまいました」


 さらりと、茶化してそういった。


 ほう、と、思わず息が漏れる。その息が悲嘆なのか安堵なのか、それは伊作にもよくわかっている筈で。


「それは、残念だな」
答えた声はいつも通りだった、と思う。「でも、学校にも屋上はあるぞ」

 その言葉にそうだね、と笑った伊作が、くるりと座っている車椅子を動かす。
 


「うん。――それじゃ、いいお知らせ。
退院の日付が、決まりました」


 その言葉を最後まで聞く前に、抱きしめていた。
 いつのまにか痩せてしまっていた、もう立てない体を支えるように抱いて、頬を寄せる。
 何で留三郎が泣いてるのさ、なんて言う伊作の頬も濡れていて、お前だって泣いてるだろ、と言い返すと伊作は、留三郎のをもらい泣きしたんだよ、と言って笑った。


 白い波がまた、大きく揺れた。夕暮れの秋の風が二人の髪を揺らす。
 風は肌に冷たかったけれど、そこには何か、人工的なそれとは違う暖かいものがあるような、そんな気がした。