serenade
# When she wrote the letter.
「母さん、手紙?」
病床のトリシャが半身を起して何かを書いていた。薬と水をもってきたエドワードは、目ざとく彼女の行動を咎める。
「ええ」
にっこり笑ったトリシャは、慌てるでもなく既に書き終えていた手紙を丁寧に封筒にしまった。ありがとう、と水を受け取り、エドワードの金髪を優しくなでる。エドワードもそんな時ばかりはくすぐったそうに、大人しく笑っている。
「随分はねているわね。とかしてあげるわ、向こうを向いて」
「はぁい」
素直に返事をして、そわそわとトリシャに髪をとかされるのを待っている姿には、普段のやんちゃぶりの影はない。
「……、」
トリシャはエドワードに見えない場所で淡く微笑む。その微笑にはわずかな不安がひそんでいた。
――手紙は、夫が旅立つ時に残していった便箋と封筒に書いた。一度だけ、時間も場所も関係なく、届けたい相手に届けることができる魔法の手紙。ホーエンハイムはそう言っていた。本当に大変なことがあったら知らせてほしい、絶対に戻るから、と。
それがどんな錬金術によるものかは知らない。というよりも、錬金術のことはトリシャにはよくわからない。けれど、トリシャは夫のことを信じていた。どんな荒唐無稽な話だとしても。だから、死期の迫る今こそが、その手紙を出す時だった。誰とも知らない、エドワードを愛する誰かへ――
「かあさん?」
首を捻るように後ろを振り向く小さな頭をやさしく撫でる。この胸に今、どれだけの感情があるか。この手の先から、どれだけその、深い感情がこの子に伝わっているのか、それを覚えてくれているのか。もう、そう長い時間は一緒にすごせないだろうことがわかるからこそ、泣きたいほどにそう思う。
「エドの髪の毛はきれいね」
「…母さんみたいな方がいいよ」
少しだけ口を尖らせるのは、夫の髪の色と同じであることを意識してしまうからだろう。けれどトリシャにしてみたら愛した男を身近に感じさせるもののひとつだ。それが愛しい子供にも受け継がれているのを嘆く理由はない。
「お母さんは好きよ。エドの髪の毛。もっと長くして、編んだり結ったり…リボンを結んだりしたいわ」
「…似合わないよ」
ぼそりと呟きながら下を向く。けれど膝の上で手をもじもじと動かしているのは、全く興味がないとか嫌っているとかではないことを読み取らせた。現に、嫌だ、ではなく、似合わない、と言ったのだから。
「そんなこと、ないわ。だから、お母さんに見せてね。髪を長くして…」
淡く微笑むトリシャにはかなわない。うん、と結局エドワードは頷いたのだった。