serenade
「セレナーデって、歌の名前でしたっけ」
ランチボックスを注文して戻ってきたロイに、ひとしきり店の中を見て回っていたアルフォンスが尋ねる。ロイはほんの少し首を傾げて、そうだな、といくらか頼りない。
「ええ。歌の名前です。恋の歌」
ロイに続いて厨房から出てきた、まだ二十歳にはならないだろう娘がやわらかく問いに答える。
「楽器を奏でながら、恋人の窓の下で歌う曲。そういう音楽を、セレナーデっていうんですって。ステキでしょ」
にっこりと笑う顔は健康的で、愛嬌がある。
「コゼット。…解説ありがとう。私は仕事に戻るが、出来上がったら彼に渡して欲しい。アルフォンス、彼女からランチボックスを受け取って、鋼のに届けてくれ」
「え、あ、はい」
「頼んだ」
彼はにっこりと笑って、ぽん、とアルフォンスの肩を叩くとそのまま店を出て行く。何となく取り残されたアルフォンスは、ええと、とコゼットを見る。彼女はアルフォンスと目が合うと、また笑う。
「すぐできるから、ちょっとそこで座って待っていてもらえるかしら? 退屈ならラジオかレコードをかけるわ」
「あ、…ええと。もし邪魔じゃなければ、料理をするところが見ていたいな」
だめかな、と首を傾げたら、軽く驚いた後彼女は朗らかに笑った。
「いいわよ、勿論。さあ、こちらへどうぞ、お客様」
厨房の中へと招きいれながら、彼女は恐らく古着だろう地味な色のスカートをレディのように翻し、悪戯めいたお辞儀を見せた。
ちょうど買い物があるの、というコゼットに押し切られるように、アルフォンスはランチボックスを抱えながら彼女と一緒に宿へ戻った。
「おいしいって言ってくれたの、昨日」
「…?」
「大佐さんが誰か連れてきたの、初めてよ。かわいいお客さんだっていうから私もこっそりのぞいてみたの。きれいな金髪でしょ? 天使みたいって思ったわ」
「ああ…、天使って。言いすぎだよ、怪獣の間違い」
あはは、と否定するアルフォンスに、コゼットは笑う。よく笑う、朗らかなひとだ、と何となく思う。
とりたてて美人、というのとは違うかもしれないが、かわいいひとだな、とアルフォンスは何となく思う。例えばホークアイ中尉のような、凛と整った美貌ではない。明るく朗らかで、人の心をやわらかくするような女性だ。明るい栗毛はゆるやかに波を打っていて、ヘイゼルの瞳は春のように軽やか。
「わたしも父も別の街からきたんだけど、ここはとても好きだな」
「へえ…」
コゼットは歌うように告げる。
「お弁当も気に入ってくれるといいんだけど。わたし、すっかりあの子のファンになっちゃったみたい」
「好き嫌いはないから。でも、あんな怪獣はちょっとどうかと」
「あら。あんな可愛い怪獣なら歓迎よ」
ふふ、と笑うのにつられて、何となくアルフォンスも楽しくなっていく。
宿までの道のりはそんなに離れてもおらず、宿の前で、そのまま市場へ向かうというコゼットと別れようとしたときだった。
「アル?」
「にいさん」
換気でもしようとしていたのか、ちょうど通りに面した部屋の窓をあけようとしていたエドワードとアルフォンスが顔を合わせることになった。
「兄さん? お姉さんじゃなくて?」
そして兄弟のやりとりに、コゼットが驚いたような声をあげる。
あ、と小さく呟いたアルフォンスと、声は届かないまでも驚いているらしい見知らぬ女性の姿に眉をひそめるエドワードとの間で、一瞬、空気が固まった。
結局、そのまま、アルフォンスはコゼットに一緒にきてほしいと告げ、なんだかわからないままに承諾した彼女と一緒にエドワードが待つ部屋まで向かった。
「アル? …?」
エドワードはけだるげな雰囲気はそのままに弟を見上げ、そして、その後ろについてきた女性を見て首を捻る。やはり知らない顔だ。
「ええとね。…まず、これ。お昼。大佐の差し入れ」
「は?」
ぽかんとした顔でサンドイッチなどが詰められた箱を受け取ったエドワードに、間髪いれずアルフォンスは続ける。
「で、こちらが作ってくれたお店の人ね、昨日大佐といったお店だって、覚えてる?」
「は? え、あ、うん、うまかった!」
ぱっと顔を輝かせたところを見ると店名を告げても無駄かもしれない。味は覚えているのだろうが。
「うれしい」
そんな脊髄反射のエドワードに、コゼットが声をあげた。
「…そして兄さん。…ばれたみたいだよ」
アルフォンスの端的な台詞に、輝いたはずのエドワードの顔が一瞬にして凍った。いっそ見事なまでに。
「…女の子、でしょ?」
コゼットが邪気のない顔で首を傾げる。
エドワードは無言でアルフォンスを見て、アルフォンスは黙ってそれに首を振る。その後観念したようにコゼットの方を向いたエドワードは、かわいそうなくらい青ざめていた。