銀の刻のコロナ―ホワイトデー一週間前の統果―
もうすぐ、あの日が近づいてくることに俺、小田桐統果は恐怖していた。3月14日、俗にいうホワイトデーである。ことの始まりは当然ながら約一ヶ月前のバレンタインデーにさかのぼる。
2月14日、いわずと知れたバレンタイン。一般的な男子が学園にいる間中ずっとそわそわする日だ。今は朝のホームルーム前で、当然ながら俺の友人である仁も例外ではない。いや、むしろ人一倍そわそわしている。遠くから見てもあきらかなまでに浮いていた。そんな仁を見かねて話しかける。
「おい、傍目から見ても明らかに浮いているぞ。体全体からチョコが欲しいですって、オーラがでているぞ」
「うるせー。そんな話したら、ますます手に入らなくなるだろ」
いや、もとから貰えないと思うのだが。去年、少なくとも学園内では貰っているとこを見たことはない。それに誰が好き好んで飢えている猛獣に肉をあたえるというのだ。もちろん、この場合の肉は自分だ。こんなあからさまな人物にチョコをあげる人は広川とコロナぐらいしか思いつかない。
また仁のいつもの答えが帰ってくるとわかりながら、一応尋ねておく。
「そもそも、今のお前には彼女がいるだろ。その子だけからもらえばいいじゃないか。男たるもの、愛するべき女性は一人だ」
「だから何度も言ってるが、それこれとは話が別だ。チョコを一杯貰ったからって、それが浮気か？ それにチョコをたくさん貰うってことは、それだけ人気な男が彼氏だってことだろ」
ふむ、確かにそれは一理ある。と、そう思ったところで広川が話しかけてきた。
「長瀬君、小田桐君。はい」
そう言って、俺たちに小さい包装された四角い箱を渡してくれた。手のひらサイズで、おそらくはチョコレートが入っているものと思われる。
「二人ともハッピーバレンタイン。帰ってから食べてね。本当は学園に持ってきちゃダメだけどね」
広川は、このルール、守っている人なんてそうそういないけどねと笑いながら付け足した。それ以前に知っている人いるのかなと疑問も口に出した。確かに、これを守りそうな人なんて俺が知る中でも刻乃さんとかなめと、健見くらいしか思いつかない。
「あ、そうそう。このチョコレートね、買うのがものすごく大変だったんだ」
「えっ、実際にこのようなプレゼントするようなチョコレートを買ったことはないけど、バレンタインだから品数は多いんじゃないのか？」
俺はすぐさま頭に浮かんだ疑問を投げつける。
「普通はちょっと買うまでの時間がかかるくらいなんだけど、今年は青い髪をした制服姿の女性が大量に買っていったらしいの。それもここらへん近辺のお店全部」
そんなことを広川が言って、すぐ1人の人物が思い浮かぶ。思い浮かばないほうがどうかしているが。ということは、弓那たち論説部がやってきているのか。龍護寺にこないなんて、やはり藍の暴走を抑えるためだろうか。
ちなみにコロナはクラスメイトとの談笑している。それを遠くから眺めている。少しでも多くの人と話をして、多くの絆をコロナに築いてほしいからな。それが龍人としての本能を抑えることにつながってほしいし、何より俺のような寂しい学園生活を送ってほしくない。後者のほうの理由が一番大きいけど。
チャイムが鳴って、皆が急いで自分の席へと座る。二度いうことになるが、今日はバレンタインだ。そんな日で担任の綾子先生が何かをしないわけがないからな。
そして、俺たちの目の前に綾子先生が現れた。中央の教壇に立ちいつものように口を開ける。
「男の子諸君、女の子からチョコレートは貰ったかしら？ 校則では持ってきてはいけないんだけど、それに関してはとやかくいわないわ。先生は大人ですから」
明らかなまでにあやしい。次の言葉を男子は恐る恐るまつ。
「そこで、私も生徒にチョコレートをあげることにしました。私のチョコレート、欲しい人は挙手してください」
周りを見渡しても誰も手をあげない。手をあげたら、私の婿になりなさいと、みんな思っているんだろう。
その現実に直面した綾子先生は泣き始める。
「どうせ先生はおばさんですよ。学生時代に恋愛してませんよ。ええ、このままお嫁にもらえなくて、1人老いて死ぬんですから」
そんな様子を見かねた女子生徒があわてて綾子先生を慰める。しかし、男子からの慰めは出ず、再び泣き出す。男子の連中の態度が誰か慰めろよと訴えている。仕方ない、ここは俺が行くしかない。
「だ、大丈夫ですって。先生は美人ですし、きっと……すぐにでも運命の人が現れますって」
「じゃあ、先生のチョコレート貰ってくれる？ そして、そのまま両親への挨拶を――」
「チョ、チョコレートなら仁が欲しがってましたよ」
「と、統果！ テメェ」
綾子先生の目は水を得た魚――いや食べ物を目の前にした藍のように輝いていた。そんあ先生を前に、あわてて口を開いていた。多分、無駄だとわかっているだろう。
「い、一応、彼女がいるんですけど」
「かまいません。私の大人の魅力で誘惑してあげます。さぁ、チョコレートを貰って彼女さんと別れてください」
仁が恨みがましく俺を見ているが、助け舟は出さない。そして大人の魅力と聞いた一瞬だけ、誘惑に負けそうになったのは見逃さなかった。特訓と能力のせいだろう。ふっ、こんなことが出来るようになった自分が恐いぜ。
それから、広川がフォローに入りこの場は収まった。ホームルームが終わってから仁に一発殴られた。
放課後、コロナと一緒に帰っている。コロナもバレンタインについてクラスメイトや刻乃さんから教えてもらったようで、仁とかの男子にチョコをあげていたそうだ。ちなみに俺は前日に人の目が付くとこでは渡さないでくれと頼んでいるから、まだ貰っていない。
コロナが二人きりのなったのを見計らってチョコレートを渡してきた。
「トウカ、チョコレート。ハッピーバレンタイン。来月のお返しにこーびして」
下半身を見たまま、顔を少し赤く恥らっている。うん、予想通り。こうなる気がしていたから、一目のつかないところにして正解だった。どうしてこうなったかは問題じゃない。
返事がないのを拒絶として受け取ったのか、上目遣いで今にも泣きそうになりながら見ている。そんな彼女を安心させるために、抱きしめて頭をなでながら言う
「そのお返しは置いておくとして、コロナ、ありがとうな」
コロナが嬉しくなって何か言いかけたときだった。
「待てー、このチョコ泥棒！！」
その声に驚いて振り向いてみると、一瞬だけ青い髪をした見慣れない制服を着た女性が走っている姿が見えた。そして遅れてうちの男子学生が追っていた。
コロナがどうしようと、目で訴えかけている。俺は無視しようといい、そのまま龍護寺へと帰って行った。
龍護寺についてそうそう、チャイムがなった。現在、龍護寺にいるのは俺とコロナの赤、そしてミュリアルだ。ミュリアルに学園の仕事のことを聞くと、この日のために頑張っていたらしい。本当かどうか怪しいところだが。
作品名：銀の刻のコロナ―ホワイトデー一週間前の統果― 作家名：門之倉 樟