銀の刻のコロナ―ホワイトデー一週間前の統果―
だから必然的に俺が出るしかなかった。玄関を開けた先には帽子を深くかぶって顔が見づらい二人の人物が立っていた。片方は男だとすぐにわかる。身長も高いからだ。だがもう一人のほうはわからない。多分、胸の膨らみがないから男だと思える。けど身長も低いから、女とも取れる部分はある。ただ二人とも、どこかで出会ったような気がする。
「宅急便です。ハンコは結構ですので、すぐに受け取ってください」
長身のほうがこちら確認もとらずに、ダンボール箱を強引に渡してきた。長さが1メートルちょっとはありそうな長さの立方体の箱だ。そのまま代金もとらずにそのまま二人は去っていく。
なんだったんだ、と思う間もなかった。おそらく龍護寺のだれかの注文したものなのだろうが。中身を見るのも悪いだろうし、居間へと持っていこうとしたところダンボールが勝手に開かれた。中からなにものかの手が出てきて、ダンボールの中に俺を引きずり込まれた。
「だーりん……ハッピィバレンタイン。具体的にはプレゼントはわたし。早いうちに召し上がれ」
抗議するまえに今まで培ってきた直感が、状況の把握を優先させる。狭いダンボールの中、アナスタシアと二人きり。俺が上にいて彼女が下。見方によっては、俺が押し倒しているようにも捉えられそうだ。まずい、そう思って体を動かそうとするが、彼女に抑えられていて、ろくに動かない。
「あれ、統果。どうしたんだい。そんな狭いダンボールの中で。まさか、ナースチャを押し倒したのかい?」
「そう、押し倒された。だーりんの中にいる……野獣が目覚めてしまった。けど、そんな強引なだーりんも好き」
彼女が頬を赤く染めながら答える。この状況は絶対偶然じゃない。
「ハ、ハメやがったな! さっきの配達員は智明と恵理か」
そういうと乾いた笑いをあげながら恵理があらわれる。
「ごめんね。ナースチャに懇願されちゃってね」
「統果、ゴメンネ。でも、こうでもしないとボクも一緒にそのダンボールに入ることになってたんだ」
恵理が申し訳なさそうに謝る。アナスタシアがでてから、ここまでは予想範囲内だ。だが、問題はこの状況をどう脱出するかだ。もし、この状況を他の龍護寺のメンバーに見られたりしたら。次の瞬間、こういうときに限って、自分の想像通りになるのだと俺は思い知った。
戸が開き、そこに立っていたのは刻乃さん、茜さん、かなめに健見だった。残りの龍護寺メンバーだった。
長い沈黙が続いていく。最初にこの沈黙を崩したのはアナスタシアだ。
「だーりん、照れることはない。早くわたしのなかにきてほしい」
そこからの、みんなの反応は早かった。健見がまず「変態」と罵り、茜さんが「おさかんね~」と話しかけ、刻乃さんが頬を赤くしながら「ほ、ほどほどにな」と言った。かなめは困ったように笑っている。そうして龍護寺メンバーは何も見なかったかのように立ち去る。
残される俺とチームのメンバー。このなんともいえない雰囲気に耐えられなくなったのか、恵理がアナスタシアを離す。その隙に立ち上がり、その様子を見たあと、彼女がぎこちなく声をあげる。
「そ、そうそう。と、統果。これチョコレート。義理チョコだからね」
この光景に驚きを隠しきれず、思わず余計な一言を言ってしまいそうになる。そんなことを知ってか知らずか智明が口で割って入る。
「駄目だよ恵理。いきなりチョコなんて渡しちゃ。統果が驚いているよ。もっとも、別のことかもしれないけどね」
彼女は首をかしげたが、明らかまでに動揺している俺を見て、それが真実だと確信した。彼女がじとっーとした目で見つめてくる。それに屈して素直に話すことにする。
「恵理は食べる専門だって思ったんだ。だから……あー、くれぐれも誤解がないように聞いてほしい。バレンタインとか、こういう女の子っぽい行事には参加しないんじゃないかな……なんて勝手に思ったりしてたから」
「ボクは女の子だよ。確かに食べるほうがメインで、今までリーダーにしかあげたことなかったけど」
「だーりん。つまりこれは、恵理からの愛の証拠。恵理とわたし、どっちをとる? 両方?」
それを聞いた恵理は必死になってこのことを否定しながら去って行った。それはもう、自分の能力全開で。
そんな様子を見て、智明が「もてもてだねー」と茶化す。この場からいなくなろうとしたところ、我に返って智明がここにいる理由を尋ねた。どうやら仕事がないのと、アナスタシアに懇願されたからのようだ。相変わらず、妹分を溺愛しているのがわかる。
他になにかあるかい、と智明が聞いてきたので、何もないというのを首を振って答えた。そのあと彼はこの場をあとにした。そしてアナスタシアと二人きりになる。
「さっきのは冗談。はい」
彼女からチョコレートを受け取る。ふー、それにしても冗談にはなっていなかったような気がする。
「これには……惚れ薬と、媚薬がてんこもりの呪いをかけた」
引きつった笑いと共に受けることにした。
コロナと一緒に特訓をして10分くらい経ってから、あわてて近づいてくる歩武の姿があった。おそらく急いているとこから、藍に関してなのだろう。
「統果、帰ってきたところすまないが力を貸してくれ。藍がな……」
話を聞いたところ、どうやらコロナと帰ってきたときに遭遇した事件のようだ。男子学生が持っているチョコを奪い食べ歩いているようだ。今も弓那と雲母さんが全力で追っているようだが、捕まえられていない。そこで藍の気配を探すために協力してほしいとのことだった。
「それなら今は智明たちもいるから、協力を頼もう」
そして最終的なメンバーは俺とコロナと智明たちチームとなった。移動している最中に歩武たちがいる理由を尋ねたところ、最近オーダクルいたようだ。そしたら、あるとき突然と藍の姿が消えたようで今日ようやく、足取りをつかめたらしい。
急いで弓那たちのところに駆けつけると、そこには竜一さんたちもいた。どうやら龍護寺に来る最中に弓那たちと出会って協力することにしたようだ。雲母さんが「うちのバカがすまんな」と謝罪していた。
これから藍捕獲作戦が始まった。まず俺の感覚の強さで藍を補足する。以前の学園祭では智明ですら補足できなかったからだ。
藍を捉えることができ、次に俺と智明のチームに分かれる。俺のチームが藍を直接追いかけ、智明たちが周りこむように動いて挟み撃ちにする。
各チームの構成はこうなっている。俺のチームは自分を含めてコロナ、明日翔さんに竜一さん、そして歩武だ。つまり智明たちは、チームの3人に弓那と雲母さんだ。
皆を見まわし、作戦を開始する。思いのほか早く藍のところたどり着き、もう1つのチームが行動しやすいように追い込んでいく。そして挟み撃ちの時がくる。
反対の道から智明たちが姿をあらわす。驚いて藍の足がとまる。その一瞬を明日翔さんは逃さなかった。藍の周りに超重力を発生させ動けなくする。そこからは簡単だ。自慢の速さで恵理が近づき拘束する。
こうして藍は捕まった。そのあと雲母さんが悪魔のような顔で、折檻の始まりだと言って連行していく。真っ黒なオーラが見えている。
作品名:銀の刻のコロナ―ホワイトデー一週間前の統果― 作家名:門之倉 樟