笑い鬼
あいつのすることにはすべて意味がある。
それでその意味は、ぜんぶがぜんぶ俺の為のものだ。俺の為にあいつは自分を棄てる。自分の評判を、自分の名誉を、自分の家を子を命だってあいつにとっちゃァ何の意味もない。ただそれがすべて、俺の為にだけ使われる。
嗚呼、そんな男が他に居ると思うか?
あいつは俺の為になら、屹度親すら殺すだろう!
「あいつはやさしいんだ。ほんとうに、飛び切りにやさしい野郎なんだ」
主が頻りに言う鬼を評して言う言葉が、重長には何か馬鹿げた戯れ言にしか聞こえない。聡明な主のただひとつ残った左目には映っていないのだろうか、あれは確かに鬼だというのに、爪も牙も角すら、重長には確と見て取れるのである。
「あの方はやさしいのよ、そう、ある意味では」
母が言う言葉も重長には理解できない。
母にも矢張り見えていないのだ。重長にはいとおしい母であるが、それでも所詮は鬼の妻なのである。重長だけが知っているのだ。父はひとではない。
鬼だ。