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神無月愛衣
神無月愛衣
novelistID. 36911
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透明アンサー

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 さっきの赤いマフラーの少女がいた。


 オレに驚いたような表情をする彼女は、黒板を見た途端、ぱっと顔が輝いた。
 そして、とたとたと小走りで近づいてきて、
「私達、隣同士だね!」
 と話し掛けてきた。
「…………」
 ……さっきも言ったが――オレはいわゆる『コミュ障』なのだ。
 だから、どう返事をすればいいのか分からない。
 だが、彼女は戸惑っているオレを余所に、話し掛け続ける。
「私、楯山文乃っていうんだ。よろしくね」
「……よろしく」
 とりあえず、言葉は返せた。
 我ながら上出来だ。
「あ〜、早くみんな来ないかな……。何か寂しいよね、こんな広い教室に、私達だけ何てさ」
「…………」
「如月くんも、そう思わない?」
「……別に」
「そう? 一人の方が、好きだったりするの?」
「…………」
 ……さっきから何なんだろう。
 オレは本を読みたいのだ――静かにして欲しい。
 それに、そんなに気の利いた言葉なんて返せないんだ。
 話し掛けないで欲しい。
 イライラを募らせながら、黙々と本を読み続けた。


 そんな日から二週間ほどが経った。
 隣の楯山文乃は、オレに相変わらず話し掛けてくる。
 そんな彼女に、オレは返事を一切返していない。


 その彼女を見ていられなくなったのだろう、友達らしき人達が、「あいつ、話し掛けてもまともに喋らないから、無意味だよ」などと、指摘をしていた。
 だが彼女は、
「無意味じゃない、意味はちゃんとあるよ」
 と言っていた。


 それから友達らしき人は、彼女に何も言わなくなった。
 きっと呆れたんだ、何も喋らないオレに、話し掛けていることに。
 それでもめげずに、彼女は話し続ける。


 何だかんだ言って、彼女がそのようにしてくるというのが、段々オレの日常となってきていた。
 隣で喋っている彼女と、返事をすることもなく、無視し続けるオレ。
 これを繰り返していれば、いつか彼女の方から折れて、話さなくなるだろう。
 そう考えてきていた。
 だが、そんな浅はかな考えは、すぐに崩れ去った。
 彼女の――あの一言によって。


 ――それは休憩時間のことだった。
 いつもは、「あの先生の授業は楽しいよね」など、どうでもいいことを言っている彼女が、いきなりこんなことを聞いてきた。


「如月くんって――いつもつまらなさそうにしてるよね。どうして?」


 ――不意打ちだった。
 心を強く突かれたような感覚に襲われる。
 質問の意図が分からず、思わず質問をしてきた彼女を見る。
 いつもと変わらず、あの赤いマフラーを巻いていた彼女は、少し驚いたような表情をした。
「……反応してくるなんて、思ってなかった……」
「……だったら、何でそんなことをオレに聞いたんだ?」
 鏡で見なくても分かる、怪訝な顔をしながら、問い返す。
 すると彼女は、
「いやぁ……だって如月くん、いつも『つまらない』って感じの……なんかこう……冷たい表情をしているから……」
 と、しどろもどろになりながらも、何とか理由を説明をしていたが、途中で、
「……ごめんね、何か変なこと聞いちゃった」
 と、苦笑いをしながら謝ってきた。
 謝ってくると思っていなかったオレは、少し遅れて、
「いいよ別に……気にしてないし」
 オレなりの、精一杯の気遣いの言葉を言った。
「そっか……よかった」
 ほっと、溜息をついて彼女は言った。


 これで、会話は終わった。
 それは非常によかったこと。
 だけど。けれども。

 ――『如月くんって――いつもつまらなさそうにしてるよね』


 この言葉は、酷く心の中に残っていた。
 オレが――いつもつまらないと思っているということ。
 それは、的を確かに射ていた。
 だが、その理由を、彼女が知っている訳じゃない。
 だから、動揺する必要なんて、全くないのだ。
 静かに深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 まあどうあれ。
 彼女は理由をすぐに『解る』ことになるだろうが。


 キーンコーンカーンコーン……と。
 オレがこの世界をつまらないと思っている理由を証明する『あるもの』が渡されるであろう、授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
作品名:透明アンサー 作家名:神無月愛衣