透明アンサー
さっきの赤いマフラーの少女がいた。
オレに驚いたような表情をする彼女は、黒板を見た途端、ぱっと顔が輝いた。
そして、とたとたと小走りで近づいてきて、
「私達、隣同士だね!」
と話し掛けてきた。
「…………」
……さっきも言ったが――オレはいわゆる『コミュ障』なのだ。
だから、どう返事をすればいいのか分からない。
だが、彼女は戸惑っているオレを余所に、話し掛け続ける。
「私、楯山文乃っていうんだ。よろしくね」
「……よろしく」
とりあえず、言葉は返せた。
我ながら上出来だ。
「あ〜、早くみんな来ないかな……。何か寂しいよね、こんな広い教室に、私達だけ何てさ」
「…………」
「如月くんも、そう思わない?」
「……別に」
「そう? 一人の方が、好きだったりするの?」
「…………」
……さっきから何なんだろう。
オレは本を読みたいのだ――静かにして欲しい。
それに、そんなに気の利いた言葉なんて返せないんだ。
話し掛けないで欲しい。
イライラを募らせながら、黙々と本を読み続けた。
そんな日から二週間ほどが経った。
隣の楯山文乃は、オレに相変わらず話し掛けてくる。
そんな彼女に、オレは返事を一切返していない。
その彼女を見ていられなくなったのだろう、友達らしき人達が、「あいつ、話し掛けてもまともに喋らないから、無意味だよ」などと、指摘をしていた。
だが彼女は、
「無意味じゃない、意味はちゃんとあるよ」
と言っていた。
それから友達らしき人は、彼女に何も言わなくなった。
きっと呆れたんだ、何も喋らないオレに、話し掛けていることに。
それでもめげずに、彼女は話し続ける。
何だかんだ言って、彼女がそのようにしてくるというのが、段々オレの日常となってきていた。
隣で喋っている彼女と、返事をすることもなく、無視し続けるオレ。
これを繰り返していれば、いつか彼女の方から折れて、話さなくなるだろう。
そう考えてきていた。
だが、そんな浅はかな考えは、すぐに崩れ去った。
彼女の――あの一言によって。
――それは休憩時間のことだった。
いつもは、「あの先生の授業は楽しいよね」など、どうでもいいことを言っている彼女が、いきなりこんなことを聞いてきた。
「如月くんって――いつもつまらなさそうにしてるよね。どうして?」
――不意打ちだった。
心を強く突かれたような感覚に襲われる。
質問の意図が分からず、思わず質問をしてきた彼女を見る。
いつもと変わらず、あの赤いマフラーを巻いていた彼女は、少し驚いたような表情をした。
「……反応してくるなんて、思ってなかった……」
「……だったら、何でそんなことをオレに聞いたんだ?」
鏡で見なくても分かる、怪訝な顔をしながら、問い返す。
すると彼女は、
「いやぁ……だって如月くん、いつも『つまらない』って感じの……なんかこう……冷たい表情をしているから……」
と、しどろもどろになりながらも、何とか理由を説明をしていたが、途中で、
「……ごめんね、何か変なこと聞いちゃった」
と、苦笑いをしながら謝ってきた。
謝ってくると思っていなかったオレは、少し遅れて、
「いいよ別に……気にしてないし」
オレなりの、精一杯の気遣いの言葉を言った。
「そっか……よかった」
ほっと、溜息をついて彼女は言った。
これで、会話は終わった。
それは非常によかったこと。
だけど。けれども。
――『如月くんって――いつもつまらなさそうにしてるよね』
この言葉は、酷く心の中に残っていた。
オレが――いつもつまらないと思っているということ。
それは、的を確かに射ていた。
だが、その理由を、彼女が知っている訳じゃない。
だから、動揺する必要なんて、全くないのだ。
静かに深呼吸をして、心を落ち着かせる。
まあどうあれ。
彼女は理由をすぐに『解る』ことになるだろうが。
キーンコーンカーンコーン……と。
オレがこの世界をつまらないと思っている理由を証明する『あるもの』が渡されるであろう、授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。