透明アンサー
楯山文乃
部屋に鳴り響く携帯のアラームで、目を覚した。
設定していたアラームを止め、ゆっくりと寝返りを打つ。
身体にはまだ若干気怠さが残っている。
だが、二度寝をする気力は、今のうざったいアラームで奪われてしまった。
さらに、カーテンの隙間から差し込んでくる酷く眩しい朝日が、目から眠気さえも奪っていく。
「…………はぁ」
大きな溜息をつきながら、仕方なくオレは、だるい身体をゆっくりと起こす。
今日から新学期。
オレはめでたく、中学三年生になる。
校門を通り抜けて、掲示板の前に行けば、新しいクラスに心を躍らせている生徒で溢れかえっているだろう。
その光景を想像して、学校に行くことに嫌気がさした。
大体、なぜ「一年間同じ教室で過ごす人間が変わる」ということだけで、あんなにも一喜一憂できるのだろうか。
そんなことはどうでもいいじゃないか、と、心の底から思う。
オレにとって、たかがクラス替えで、生徒があんなにも騒いでいる姿は、酷くばからしく見える。
――第一、クラスが変わろうが変わるまいが、オレは一人だ。
元々コミュニケーション能力が著しく低いということと、クラスメイからの認識が原因で、今のオレには「友達」と呼べる人間が誰一人いない。
だから、クラスでは、いつも一人。
はっきり言って、浮いている。
まあ、そんなことを気にしたことなんて、一度もないが。
そんな風に、一度考えたらエンドレスに続きそうな、終わりがないだろう事柄を考えながら、三年目になる中学校の制服に袖を通す。
「しかし……今時学ランって……どうなんだか……」
まあ、ブレザーより、楽そうだよな、学ランって。
でも、セーラー服は、スカーフがめんどそうだ……。
「……どうでもいいな、こんなの……」
考えていても、意味がない。
だったら、考えなければいい。
そう割り切って、考えることを止め、オレは部屋を出た。
今日は比較的暖かい日だ。
肌を切っていく風も、冬のように冷たくなく、暖かみを帯びている。いかにも「春」って感じだ。
そんな風に春を感じれるようになった通学路を通ってみると――新学期だからなのだろう――嬉しそうな学生が多く存在していた。
……おかしい、絶対におかしい。
今日のオレは、いつもよりもかなり早く家を出たのだ(今日から中学生になる妹に捕まりたくなかったからだ)。
つまり、人の数は、時間的に少ないはずなのだ。
それなのに、こんなにも学生が多いのは、なぜだ?
あれか、みんな今日から新学期だったり、クラス替えがあったりで浮かれているのか?
いつもより早く目が覚めちゃった的なやつか?
全く……鬱陶しいもんだな。
オレにとってはその存在が邪魔で仕方ないので、早歩きでそいつらの横を抜けていく。
黙々と学校を目指すオレ。
進級が嬉しく、クラス替えが楽しみなので、ついつい話しながらゆっくり歩いてしまう学生。
歩くスピードは、歴然としていた。
近くで見なくても分かるほどの冷たい目をし、冷ややかな視線(半分は嫌悪感から、残りの半分は軽蔑からできている)を放ちながらどんどん進むと、段々と学校が見えてきた。
そして視界には、さっきまではちらほらいた、同じ学校の生徒の数が一気に増えた。
……やっぱりみんな早すぎるって。
もうちょっとゆっくり来てもいいだろうに。
これじゃあ――教室で一人になれやしないじゃないか。
妹にも捕まらずに、教室で落ち着いて過ごすために折角早起きして嫌々登校したって言うのに……裏目に出た。
……朝から気分はどん底だ。
本当に――嫌気がさす。
そんな気持ちを表すかの如く――表情が一層無表情へと近づいた。
赤色や白色などのペーパーフラワーに身を包み、真ん中に『入学式』と書かれている看板で華やかに感じる校門を早歩きでくぐり抜け、クラス表が張り出されている掲示板を目指す。
敷地内では、春の象徴である桜の花びらが、風によってひらひらと舞っていた。
そもそも、クラス表を見るのは『クラスメイト』を確認するためではない――『クラス』を確認するためだ。
オレにとって、掲示板のクラス表は、それしか意味を持たない。
この中学校生活は、特にそうだったと思う。
その掲示板の付近の状況を見て、オレは直ぐさま立ち止まり、
「……うおっ!?」
と、思わず驚愕の声を上げてしまった。
――その理由は二つ。
一つは、オレが予想していたよりも、圧倒的に人の数が多かったこと。
――ちなみに人が多いのは、クラスを確認しても、『クラスが違って、友達と離れたということだけでテンションが一気に低くなる系女子』、『同じクラスになれなくて残念だね的なことを言っているけれど、実はその人のことが嫌いだから離れることができて内心嬉しい系女子』がいるということや。
『なんか新しいクラスに知らない人ばかりがいて、一人になって浮くのが嫌だからギリギリまで喋ってここに留まりたい感』を抱いている人などでごった返しているというのが、大きな理由だと思う。
そして、二つ目の理由。
それは。
――赤いマフラー、だ。
それを巻いている女子が、目の前にいた、ということだ。
……まあ、マフラーは普通なのだろう。
さほど珍しくない光景だろう。
だが、よく考えて欲しい。
今の季節は――春だ。
そして、マフラーは基本的に寒い冬に使う物。
どう考えても――季節外れだ。
遠くから見て――その女子は、浮いていた。
「……今日、気温高いのにな……。マフラーなんか巻いて、暑くねえのか……?」
しても意味がない他人の心配をするオレ。
……まあ、他人のことを気にしていても仕方ない。
さっさと確認を済ませて、教室に入ろう。
止めていた足を再び動かし、掲示板に近づく。
人が多くて見えないので、少し背伸びをする。
……うん。確認完了。
一刻も早くこの場を離れたいので、見た途端踵を返し、新しい教室を目指す。
オレの意識の中には、さっきみた赤いマフラーの女子が、やけに印象に残っていた。
嬉しいことに、教室にはまだ誰もいなかった――あんなにも人が集まっていたら、自然とこうなるだろう。
黒板に書いてある通りの席に座る。
新しい教室と言っても、窓から見える景色が変わっただけで、教室の風景は何一つ変わってなんかいなかった。
廊下に響く騒ぎ声。
隣のクラスから聞こえてくる、大きな話し声。
人が行き交う足音。
それらとは無縁な、オレしかいない、閑散とした教室。
世界からぽつりと、切り離された空間のように感じた。
そんな、オレにとって落ち着く世界の中に身を投じ安堵しつつ、通学鞄から一冊の本を取り出す。
栞を抜き出し、読みかけのページに目を通す。
しばらく時間が経ち――唐突に、それは起こった。
がらっと、勢いよく教室のドアが開かれた。
本に集中していたオレは、その物音に思わずびっくりして顔を上げる。
すると、そこには。