【腐女子向】花言葉【蛮銀】
高架下脇の歩道、柵の横に座り込んで黄色いチューリップが日に照らされて萎れている。
そのすぐとなりにもう一人、しかし彼は日陰に入って座らずにただ柵へとよりかかり立っていた。
日陰にいるのはまだ少年といっていい年齢なのだが、端正な顔立ちを隠すように伸ばされた黒髪と丸いサングラスでまだ歳若い事を上手くごまかしている。ひなたにいるのも少年だが、こちらは短く刈った金髪を惜しげもなく日に照らし輝かせ丸い大きな目をうるませて鼻をグズグズいわせる姿は実際の年齢よりも幼く見えた。
「いい加減機嫌直せや、小僧」
黒髪の少年が仕方なさそうに愚図るチューリップに声をかけたが、かけられた方はまだ碌に返事もできない状況なのか返事とも唸ってるともとれるような微妙な声を出すだけだ。
それでも大分落ち着いたか。
少年は溜息をこそりとついて、心中呟いた。ここで溜息を聞きつけられたらまた先ほどのように号泣されかねない危険があるので慎重になるしかない。泣く子供のあやしかたなど知らないのだ。
昔(というほど長生きもしていないのだが)、少年は自分にできない事などないのだと思っていた頃があった。
初めてそれが勘違いだとわかったのはいつの事だったか。
ぼんやりと、視界の隅にいるチューリップを見ながら思いを馳せる。思い出したくもない思い出、辛い事の方が多かったがそれでも幸せな時間は確かにあったというのに、自分はそれを、よりにもよって最も大切な時間を取り戻す術を持っていなかった。
幼い己と優しい少女。
恋だの愛だのがわからずに、それが相手にとってどれだけのものか全く見当がついていなかった。気付かぬふりで受け取らずにいれば、それで終わるものだと思っていたのだ。
けれども
「ごべんね、びどうぐん…」
日陰の冷たい場所より冷めた場所へと心が向きかけた時、ふとひなたからチューリップがなんとも間抜けた声をかけてきた。
「何言ってんだかわかんねーぞ小僧」
「ううぅ」
我に返った少年が呆れたように返したが、チューリップの方はまたそれきりグスグスと鼻を鳴らすばかりだ。
ティッシュでもあれば鼻をかめと渡す事もできるが、そんなものを携帯する習慣は少年に無い。
少し辺りを歩けば配っていそうなものだが、それをもらいに行くのにきっとコレもついてくるだろう。
ティッシュ配りを探し泣きべそかいているツレを背中に街を徘徊する自分を想像して少年はげんなりした。
知り合いには見られたくない姿すぎる。
と思っているときにこそ、知り合いに見つかるものなのか。今ではあまり見かけない、見るからに古いデザインの小さな丸い緑の車が一台、おもむろに二人の前に止まってきた。
「何の用だ」
少年が車から降りてきた男たちに険しい声を出す。
こんな小さな車によくもまあ詰まっていたものだ、と感心したくなるような長身の青年が三人、ぞろぞろと出てきたが、少年の声など気にするどころか逆に面白いものを見つけた顔でニヤニヤとそっちこそどうしたのかと尋ねてきた。
着ているものは三人のうち二人は上等ではないがしっかりしたスーツ、しかし髪を逆立ててみたり腰まで伸ばしてみたりと着ているものに反して自由な姿はどうみてもまともな職についているように見えない。もう一人はオールバックで髪をセットしているが逆に着ているものがラフだ。
ちぐはぐすぎんだろ。
少年は彼らを初めて喫茶店で見た時にうんざりと思ったものだ。
だがチューリップは彼らとウマが合うようで、住み慣れた場所を出て自分のところに居ついた後にどう口車に乗せられたのかよく彼らの仕事を手伝っていた。
ほんの少し前まで、自分が拾ったときはとてもチューリップなどと評すことはできない硬質な人形のようだったものが、彼らと付き合うようになってからみるみる柔らかくなり、今ではチューリップかひまわりか、なんともぼんやりと能天気な花に例えても違和感のない子供だ。
「アパートを追い出されてしまったんです…」
止めるまもなくチューリップは三人に知られたくない失態を話し出す。
「俺…知らなくて。住むところにお金がかかるなんてちっとも…」
せっかく落ち着いてきたというのにまた、大きな目玉がうるうると涙でゆれて顔全体が興奮で赤くなってくる。
「俺…おれぇ…」
うええぇと案の定また膝に顔を埋めて泣きだした。震える肩を眺めてうんざりする。
なんでそんなにショックを受けるのかわからない。そもそも家賃を一年と半年ほど滞納していたのは自分の方だ。つい最近転がり込んできたコレがなぜそこまで我が事のように嘆くのか。面倒くさいにもほどがある。
便所は共同、風呂は無し、畳敷きの六畳間に申し訳程度の押入れとおもちゃのようなシンク、立てつけがすっかり悪くなってまともに閉まることもない窓やドア。あんな木造アパート、住んでやるだけ感謝されるべきだと思うのだが大家はそうは思わなかったらしい。屈強な大男数人、いわゆる追い出し屋をつれてとうとう怒鳴り込んできたのをクソッタレと捨て台詞を吐いて出てきたのだが、一部始終きょとんとしっぱなしだったコレは状況を理解するやそのまま泣き出して止まらない。
そもそもコレは元々住むところすらないストリートチルドレンなのだ。別にあんなアパート追い出されたところで元のように適当に、雨風がしのげる場所を探してその日その日を生きていけばいいだけだろう。
初めての城だったのかもしれないが、無くしてここまでショックを受けねばならぬ程の価値のある場所では無いはずだ。
駄目じゃ無ぇか、美堂蛮
困り果ててイライラと頭をかいたところに三人のリーダー格、髪をハリネズミかウニかのように四方に立てた男が声をかけてくる。ニヤニヤと面白がった顔がさらにこちらの神経を逆なですること請け合いで、蛮と呼ばれた黒髪の少年はフルネームで呼ぶんじゃ無ぇよと彼を見もしないで吐き捨てて返す。オールバックの青年が車からしわくちゃの堅そうなタオルを持ち出して、泣く子供の顔を無理やり拭いていた。
ホラ、どうせもう捨てるやつだから鼻もかめ
はいぃ
うーうーと乱暴に顔を拭かれて鼻をかめば、幾分落ち着いたのか目をパチパチと瞬かせてありがとうございますとオールバックに礼を言っている。馬鹿かお前ぇ、捨てるタオルって雑巾と同じだろうが。そんなもんで顔拭かれて礼なんか言ってんじゃ無ぇと叱れば困ったようにこちらを見上げてまたしょんぼりとうつむく。車から降りた後は他の二人と違ってこちらにくる様子は見せずただ車に寄りかかって事態を眺めている長髪の青年が、面白そうに場違いな笑い声をあげた。
完全に怒髪天をついた蛮がとうとう隠すことなく荒げた声でお前ぇら何しに来たんだと怒鳴ったところで、隣が驚いたように肩をすくませるばかりで三人は全く意に介さない。
そう怒るな、いい話を持ってきてやったんだ
ウニがニヤニヤとまた言ってくるのを絶対ぇ断ると返せばあろうことか
何言ってんだ、嫁を泣かすばかりのヒモが偉そうに
「だっ誰が嫁で誰がヒモだぁ!!??」
だって実際そうじゃ無ぇの?お前最近仕事しないで、俺らを手伝う天野君の稼ぎで食っていたんだろ?
そのすぐとなりにもう一人、しかし彼は日陰に入って座らずにただ柵へとよりかかり立っていた。
日陰にいるのはまだ少年といっていい年齢なのだが、端正な顔立ちを隠すように伸ばされた黒髪と丸いサングラスでまだ歳若い事を上手くごまかしている。ひなたにいるのも少年だが、こちらは短く刈った金髪を惜しげもなく日に照らし輝かせ丸い大きな目をうるませて鼻をグズグズいわせる姿は実際の年齢よりも幼く見えた。
「いい加減機嫌直せや、小僧」
黒髪の少年が仕方なさそうに愚図るチューリップに声をかけたが、かけられた方はまだ碌に返事もできない状況なのか返事とも唸ってるともとれるような微妙な声を出すだけだ。
それでも大分落ち着いたか。
少年は溜息をこそりとついて、心中呟いた。ここで溜息を聞きつけられたらまた先ほどのように号泣されかねない危険があるので慎重になるしかない。泣く子供のあやしかたなど知らないのだ。
昔(というほど長生きもしていないのだが)、少年は自分にできない事などないのだと思っていた頃があった。
初めてそれが勘違いだとわかったのはいつの事だったか。
ぼんやりと、視界の隅にいるチューリップを見ながら思いを馳せる。思い出したくもない思い出、辛い事の方が多かったがそれでも幸せな時間は確かにあったというのに、自分はそれを、よりにもよって最も大切な時間を取り戻す術を持っていなかった。
幼い己と優しい少女。
恋だの愛だのがわからずに、それが相手にとってどれだけのものか全く見当がついていなかった。気付かぬふりで受け取らずにいれば、それで終わるものだと思っていたのだ。
けれども
「ごべんね、びどうぐん…」
日陰の冷たい場所より冷めた場所へと心が向きかけた時、ふとひなたからチューリップがなんとも間抜けた声をかけてきた。
「何言ってんだかわかんねーぞ小僧」
「ううぅ」
我に返った少年が呆れたように返したが、チューリップの方はまたそれきりグスグスと鼻を鳴らすばかりだ。
ティッシュでもあれば鼻をかめと渡す事もできるが、そんなものを携帯する習慣は少年に無い。
少し辺りを歩けば配っていそうなものだが、それをもらいに行くのにきっとコレもついてくるだろう。
ティッシュ配りを探し泣きべそかいているツレを背中に街を徘徊する自分を想像して少年はげんなりした。
知り合いには見られたくない姿すぎる。
と思っているときにこそ、知り合いに見つかるものなのか。今ではあまり見かけない、見るからに古いデザインの小さな丸い緑の車が一台、おもむろに二人の前に止まってきた。
「何の用だ」
少年が車から降りてきた男たちに険しい声を出す。
こんな小さな車によくもまあ詰まっていたものだ、と感心したくなるような長身の青年が三人、ぞろぞろと出てきたが、少年の声など気にするどころか逆に面白いものを見つけた顔でニヤニヤとそっちこそどうしたのかと尋ねてきた。
着ているものは三人のうち二人は上等ではないがしっかりしたスーツ、しかし髪を逆立ててみたり腰まで伸ばしてみたりと着ているものに反して自由な姿はどうみてもまともな職についているように見えない。もう一人はオールバックで髪をセットしているが逆に着ているものがラフだ。
ちぐはぐすぎんだろ。
少年は彼らを初めて喫茶店で見た時にうんざりと思ったものだ。
だがチューリップは彼らとウマが合うようで、住み慣れた場所を出て自分のところに居ついた後にどう口車に乗せられたのかよく彼らの仕事を手伝っていた。
ほんの少し前まで、自分が拾ったときはとてもチューリップなどと評すことはできない硬質な人形のようだったものが、彼らと付き合うようになってからみるみる柔らかくなり、今ではチューリップかひまわりか、なんともぼんやりと能天気な花に例えても違和感のない子供だ。
「アパートを追い出されてしまったんです…」
止めるまもなくチューリップは三人に知られたくない失態を話し出す。
「俺…知らなくて。住むところにお金がかかるなんてちっとも…」
せっかく落ち着いてきたというのにまた、大きな目玉がうるうると涙でゆれて顔全体が興奮で赤くなってくる。
「俺…おれぇ…」
うええぇと案の定また膝に顔を埋めて泣きだした。震える肩を眺めてうんざりする。
なんでそんなにショックを受けるのかわからない。そもそも家賃を一年と半年ほど滞納していたのは自分の方だ。つい最近転がり込んできたコレがなぜそこまで我が事のように嘆くのか。面倒くさいにもほどがある。
便所は共同、風呂は無し、畳敷きの六畳間に申し訳程度の押入れとおもちゃのようなシンク、立てつけがすっかり悪くなってまともに閉まることもない窓やドア。あんな木造アパート、住んでやるだけ感謝されるべきだと思うのだが大家はそうは思わなかったらしい。屈強な大男数人、いわゆる追い出し屋をつれてとうとう怒鳴り込んできたのをクソッタレと捨て台詞を吐いて出てきたのだが、一部始終きょとんとしっぱなしだったコレは状況を理解するやそのまま泣き出して止まらない。
そもそもコレは元々住むところすらないストリートチルドレンなのだ。別にあんなアパート追い出されたところで元のように適当に、雨風がしのげる場所を探してその日その日を生きていけばいいだけだろう。
初めての城だったのかもしれないが、無くしてここまでショックを受けねばならぬ程の価値のある場所では無いはずだ。
駄目じゃ無ぇか、美堂蛮
困り果ててイライラと頭をかいたところに三人のリーダー格、髪をハリネズミかウニかのように四方に立てた男が声をかけてくる。ニヤニヤと面白がった顔がさらにこちらの神経を逆なですること請け合いで、蛮と呼ばれた黒髪の少年はフルネームで呼ぶんじゃ無ぇよと彼を見もしないで吐き捨てて返す。オールバックの青年が車からしわくちゃの堅そうなタオルを持ち出して、泣く子供の顔を無理やり拭いていた。
ホラ、どうせもう捨てるやつだから鼻もかめ
はいぃ
うーうーと乱暴に顔を拭かれて鼻をかめば、幾分落ち着いたのか目をパチパチと瞬かせてありがとうございますとオールバックに礼を言っている。馬鹿かお前ぇ、捨てるタオルって雑巾と同じだろうが。そんなもんで顔拭かれて礼なんか言ってんじゃ無ぇと叱れば困ったようにこちらを見上げてまたしょんぼりとうつむく。車から降りた後は他の二人と違ってこちらにくる様子は見せずただ車に寄りかかって事態を眺めている長髪の青年が、面白そうに場違いな笑い声をあげた。
完全に怒髪天をついた蛮がとうとう隠すことなく荒げた声でお前ぇら何しに来たんだと怒鳴ったところで、隣が驚いたように肩をすくませるばかりで三人は全く意に介さない。
そう怒るな、いい話を持ってきてやったんだ
ウニがニヤニヤとまた言ってくるのを絶対ぇ断ると返せばあろうことか
何言ってんだ、嫁を泣かすばかりのヒモが偉そうに
「だっ誰が嫁で誰がヒモだぁ!!??」
だって実際そうじゃ無ぇの?お前最近仕事しないで、俺らを手伝う天野君の稼ぎで食っていたんだろ?
作品名:【腐女子向】花言葉【蛮銀】 作家名:安倍津江