【腐女子向】ハッピーエンド【蛮銀】
金の無い、飢えたストリートキッズがわざわざ襲って子供用のぬいぐるみリュックを盗むか?聞けばお菓子が申し訳程度に入っているそうだが、他には何も盗まれていないのだという。財布も免許証もカードも何もかも。旦那と血だまりの中に残されて、無いのは子供のためのリュックだけ。
絶対に、まず間違いなく、見えてる以外の事件をこの依頼は抱えている。蛮は薄ぼんやり思ったが、結局断ることはできなかった。相棒の涙に勝てた試しがない。
仕事が終わったら必ず相棒には同情だけで仕事を引き受けるなと教育せねばなるまい。蛮の事をプライドだけでは生きていけないんだよなどと知ったように諭してくるが、そっちこそ同情だけで全部引き受けていたら身がもたないと気が付くべきだ。
結局のところ、そのウサギは腹に時価数億の宝石を抱えていた。
薄暗い方法で手に入れた後カモフラージュに使ったところが逆に仇になり、ようやく見つけたはいいが人手に渡っていたとかでストリートキッズに金をやって奪わせたのだという。そのストリートキッズは結局金をもらえずに口を封じられ、どこぞへと魂の抜けた体は売られたらしいが。
ここまで悪党だといっそ気持ちがいい。何をやっても後味の悪い思いだけはしないで済むというものだ。
飛び道具も出てきたが、いっそ出てこない方がおかしく思う。
銃もヤベェが数が多い方が面倒だな
蛮の呟きをすべて聞き逃すまいと数億の宝石を腹に抱えたウサギを持って銀次は耳を澄ます。
自分にぴったりくっついてくる相手の体温に、蛮は目を細めた。血と汗の混じった体臭はお世辞にもいいものでは無かったが、いつまでもそばにいて欲しいと思わせる。
銀次、ウサギは俺によこせ
ハイ、この後は?
ああ…
ウサギを受け取ると蛮は徐に銀次の首根っこを掴んだ。
この依頼、お前ぇやたら乗り気だったよな?
え?
責任もってお前ぇがあいつら相手にしてこいって事だあああああああああっ!!!!!
ぎゃあああああああああああああああああ!!!!?????
任せたぞ銀次ぃ!俺ぁこのままスバルに走るから好きなだけ放電してこいやあああああああ!
渾身の力でもって相棒を投げると、遠くから鬼ぃー!という返事が聞こえてきた。
閃光と破壊音と悲鳴を背中に蛮は全速力で走る。
大きな洋館の敷地は広くはあったが都心から外れて、生活するには不便そうな場所だ。走る車も少ない広い道路の両側は畑で、車で一時間もすれば新宿に着くとは思えない。スバルは少しでも開けた場所から隠れるように畑の無人販売の小屋を盾にして潜んでいた。もう少しだけ走っていたかった蛮は屋敷の近くに止めた事を少し悔いる。ずっと、いてもたってもいられない気持ちを抱えていたのだ。昨夜から。
ざまあみろ
今頃自分に置いていかれて怒り心頭だろう相棒を思う。
ウサギの背中にあるチャックを下すと中からお菓子にまぎれて輝く宝石が見えた。
依頼人はこのウサギの背景を知らない。このまま渡したところでこの宝石が時価数億だなんて思わないだろう。ただの上等なおもちゃといったところか。
蛮はおかしくなってまたチャックを閉める。
かわいそうな宝石だ。本当なら大事にしまわれ飾られ多くの人を魅了するはずが、価値もわからない夫婦の手に渡ってそのまま終わるだなんて。
「好きってのはどういう気持ちなんだろうな」
蛮はスバルに乗り込まず、ウサギだけ助手席に放るとそのまま車に寄りかかって彼方に視線をやった。
それはきっと、本来の持ち主にとっては、それを望むものにとっては、宝石のように美しく輝いたものなのだろう。
俺、蛮ちゃんがね、好きみたい
ひっそりと、ささやくように呟かれた宝石。蛮には、依頼人達のようにその価値がわからない。
ウサギは知らぬ顔で宝石を腹に抱えている。
銀次も、まるで知らぬ顔で宝石の価値をこちらに求めてこない。
なんと憎たらしいことか。お前が持っているものは大層価値があるものなのに、無碍にされてもどこ吹く風で。
こんなにも自分の胸は痛んでいるのに。価値がわからぬことが悲しくて、悲鳴をあげているのに。
依頼人達が宝石を持つウサギの為に心を病んだというならば、自分は宝石を持つ相棒の為に心を病んでしまっている。
彼らの治療にはウサギが必要だ。
では、自分の治療には何が必要だ?
「ざまあみろ」
たった一言で人の心に治らぬ病をかけておいて、まったく素知らぬ顔で他人の為に心を砕いて涙を流す。
相棒は報いを受けるべきなのだ。
遠くから、涙と汗と血と疲労に興奮で随分と酷い顔をした銀次が走ってくる。
それが仮にも恋を告げた相手に見せる顔かと思わずにはいられない。
もっと必死になったらいい。相棒はもっと自分に対して必死になるべきなのだとその姿に満足する。
蛮はスバルに乗り込んだ。
恋だの愛だの好きだのなんだの、さっぱり理解はできないが胸に巣食う痛みに必要なのは彼の恋だけだとはっきり解る。
じっとしていられないこの冷たい痛みは、彼の恋を思うときだけ暖かく心地良い。
胸の痛みを直すには、彼の恋が必要だ。
助手席のドアが開く。
「よう、無事に逃げられたようで何よりだ」
「何言ってんだよ!!どんだけ怖かったと思っているの!!??」
置いて行かれた不満をここぞとばかりに訴える相手へ、蛮はまったく悪びれない。
彼の恋を永遠に喰らってやれ。胸の痛みが叫んでいる。
「ところでよう、夕べお前ぇが俺に言った事覚えてっか?」
「え?」
スバルを走らせる直前、口づけて嗤った。
作品名:【腐女子向】ハッピーエンド【蛮銀】 作家名:安倍津江