祝福と宣言
弁当の準備が出来たらしく、いつの間にか本の世界に入り込んでいた俺達も呼びかけられる声で現実に引き戻された。
昨日ハルが提案した花畑で早速、鬼を決めてかくれんぼがはじまる。
最初の鬼はバカ女、ハル、トミオの3人。2回目の鬼はジョージ、雫、オレ。途中で休憩を取りながらも全員に鬼が回った7回戦で終了となった。
太陽が沈んで夕方17:00頃だろうか、かくれていても誰の声も聞こえないし、姿も見えない。
『もしかして見つけられなくて、先に戻ったのかもな』
オレが別荘まで戻ろう歩き出したところに、彼女から『賢二君、待って』と小走りの彼女が寄ってくる。
『あれっ?雫も置いてかれたの?』
雫『うん。見つけられなかったのかもね(笑)。回数重ねるうちにどんどん奥の方に隠れてたし』
『確かにな(笑)。戻ろうか?』と手を出すと、そこにはオレよりも小さい手が重ねられる。
彼女とこんな風に自然と手を繋ぐようになってもう、2年が過ぎた。
出会った当時は冴えないし、女として魅力のない、スーパーで服を買うダサい女だと思ってた。
だけど、そんな最初の頃には予測出来ないほど彼女に惹かれていったし、現在では友人達からも丸くなった、大人しくなったと言われるほど、この女に人生を180度変えられた。
『吉田君は あなたたちのことを友達だと思ってるから だから もし あなたたちもそう思ってるんだったら 彼と もっと誠実に 付き合ってあげてください』
この場面が急に思い出されて笑いがこみあげてくる。
彼女が『どうしたの?』と顔を覗き込んできたので『雫からハルのことを友達と思ってるんだったら~ってやつを思い出してた』
雫『あぁ、あの時の賢二君もマーボ君もトミオ君もジョージ君も恐かったのによく言えたよね、私』
『あの頃は尖ってたからな(笑)』
雫『確かに尖ってたよね(笑)でも、私も物凄く尖ってた』
『今もだろ』
雫『少しは丸くなったでしょ』
『少しはね』
こんな会話をしながら別荘にもどるが人がいる気配がない。
車はちゃんと2台置いてあるし、2人で何かあったのかしら?と相談しながら別荘の中に入った瞬間にパンッパンッパンッといきなり物凄い音のクラッカーがオレと彼女を襲う。
ビックリして2人で顔を上げると、朝とは比べられない程キレイに装飾された居間に仲間達が笑ってこちらを見ている。
何事かと思い部屋を見渡すと友人達の後ろに『婚約おめでとう!!』の文字を見てやっと、理解が出来た。
マーボ『御二人さん、この度はご婚約おめでとうございます!!』
バカ女『ミッティ、おめでとうございます!!』
トミオ『ほらっ、今回は2人が主役なんだから早くこっちに来いよ!』
雫とオレが固まっているのを見て後ろから背中を押されソファーの中央に座らされる。
彼女は仲間達からのサプライズに驚きながらも感動してすでに泣いていた。
オレにいたっても今回ばかりは普段は五月蠅いと思っていた仲間たちに感動しながら少しだけ涙線を刺激されている。
伊代『お兄様とお姉様のご婚約が決まって、ハル先輩が企画して、みなさんと準備してたんですよ』
メガネ『カンの良い山口君に気付かれないように準備するのは大変だったよね』
仲間達からのサプライズの祝福に完全に気付かなかった。
用意されている豪華な料理、炭酸ガスで膨らませてある無数に宙に浮かんでいる風船、夢の世界のみたいにキレイに装飾された部屋・・・ハルはいつもの笑顔で『もうオレは雫の親友で、ヤマケンの幼馴染だ。お前ら、絶対別れるなよ!!オレ達のために幸せになれよ!!』
オレと雫にはこんなに思いやってくれる素晴らしい仲間がいる。
かつてはライバルで現在は幼馴染、かつては彼女の恋人で現在は親友の男が中心となり、こんなに俺達を祝福をしてくれている。
彼女と出会えたことにも、この仲間達との出会いにも人生で一番感謝した瞬間だった。
この婚約パーティーは夜中の3:00頃まで行われた。
全員で笑って、全員で思い出話に花を咲かせた。
最後は仲間達から進められてオレの仲間たちへの感謝の言葉で婚約パーティーの幕を閉じた。
翌日、短い卒業旅行がついに終わって帰宅する。
沢山撮った写真を次々に現像して行き、写真を手に取りながら旅行中にあったことを思い出す。
後2週間で実家を出る。
彼女と暮らす部屋のリビングには仲間たちと過ごした3年間の写真達。
中央には婚約パーティーで撮影した、この先の人生を一生付き合うことになる仲間たちとの写真が飾られた。
~おまけ~
卒業旅行から5日後、仲間達の他にも優山さんや安藤さん、松楊の教師たちが成田空港のロビーに集合していた。
オレの幼馴染で、彼女の親友である今日の主役はまだ来ていない。
雫『そろそろ時間でしょ?なんでまだ来てないのよ!!』
『さすがに肝が据わってるよな。俺なら1時間前には来てると思うわ』
バカ女『さすがですよね!!』
『バカか!褒めてんじゃねぇんだよ!!』
優山『まぁ、いいんじゃない?遅れたらバカだけど』
『よっ!お前ら!!見送りか!なんか悪りぃな、こんなに来てもらって』
呑気に今日の主役が歩いてやってくる。
雫『あんた、遅すぎでしょ!!みんな集まってんだからね(怒)』
『間違いねぇ!お前はもっと周囲に気を使うって事を覚えろ!生物なんかを学んでる場合じゃねぇんだよ!(怒)』
トミオ『しかしこの期に及んでもそのマイペースっぷりは流石だな』
ハル『だろ!でも・・・こんなにオレを見送りに来てくれる仲間たちがいるなんて感動して涙が出るな!』
『バカかお前は!怒ってんだよ!!』
ハル『そう怒るなって!抱きしめてやるからよ!』
その瞬間オレと雫をいきなり抱きしめてきたハルに呆然とした。
少しの間、雫と抱きしめられているのだが目の前にいる男が涙を堪えてる事に気付いた。
涙は出ていないが肩が震えて、必死にこらえているみたいだ。
ハル『ヤマケン、雫、今までマジでありがとな。お前らの事は一生忘れねえから』
雫は堪え切れないのか、主役が必死に我慢している分までボロボロと涙を流している。
オレはハルと同じように肩が震え涙を我慢していた。
いつからコイツとこんなに仲良くなったんだろうか、こんなに別れる事が寂しいと思える相手だったのか・・・こいつがライバルで、今は幼馴染。
この男がいたからこそ、現在のオレがいる事に気付いた瞬間だった。
見送りに来たものは3人で抱擁を交わしてる俺達を静かに見ている。
空港内に出発の時を告げるアナウンスが流れて、ハルが離れる。
『みんな、来てくれてありがとう。近くに来たら遊びに来いよ!!なんかあったら絶対飛んでくるからな!』
ハルがゲートを潜るため歩こうとした時に、主役の幼馴染だった男がいきなりライバルに戻った瞬間だった。
いきなりオレの婚約者の腕を引っ張り、彼女のアゴを持ち熱烈なフレンチキスをして『ヤマケン、やっぱりオレの幸せは雫だ!!お前らに子供が出来るまで、オレはまだ雫を諦めねぇ!!』
彼女は眼を見開いて固まっている。周囲も一瞬の出来事に固まっている。
オレは先ほどの感動はどこへやら、いきなり幼馴染からライバルに戻った男への怒りで震えが止まらない。