嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
「真実の証明は嘘」 本編
□一、死体遺棄も犯罪です
彼女が教室を出ていったのは知っている。
彼女は少なくともここ一週間はHR終了の直後に教室を出る。
彼女は一人で帰宅する。
彼女はクラスメイトらに対して、大丈夫、と答えてから小走りで教室を出る。
彼女はクラスメイトらの心配そうな視線を背中に受ける。
彼女は周囲から痛まれている。
彼女はここ一週間、ストーカーの被害に悩まされている。
彼女のクラスメイトらはそれを充分承知している。
彼女のストーカー被害は一週間前におれが転校してきたのと時を同じくして始まった。
彼女はその一週間前に、ストーカー本人から話しかけられた。
彼女は、どこの誰だか知りませんが、と言った。
彼女に名前を名乗った。
彼女は悲しそうにおれのことを久々知先輩と呼んだ。
彼女はおれのことを記憶している、と、この反応によって確信した。
彼女に掛ける言葉なんてなかった。
彼女は踵を返して教室へ戻った。
彼女へのストーキングの手始めに、校内での彼女の評判を探った。
彼女の校内の評判は上々だった。
彼女は美人だった。
彼女は成績優秀だった。
彼女は明るい性格だった。
彼女は穏やかで人当たりがよかった。
彼女は口数の多い方ではなかった。
彼女は教師からの信頼もあった。
彼女はさほど親しくない友人らを多数抱えていた。
彼女は自らの生い立ちをあまり話したがらなかった。
彼女は部活動には所属していなかった。
彼女は委員会活動に積極的に参加した。
彼女は一人暮らしだった。
彼女と再会したその日に彼女を尾行することにした。
彼女は初めはおれの尾行に気が付かなかった。
彼女の自宅を突き止めた。
彼女の自宅は閑散とした住宅街にあり両隣が空き地になっていた。
彼女の自宅は九年前よりも豪華だった。
彼女は一軒家に一人暮らしをしている。
彼女は一度帰宅するとまたすぐに家を出てきた。
彼女はそのままスーパーへ向かった。
彼女はその日、二週間分以上はありそうな大量の食料を購入した。
彼女は両手にビニール袋を下げ、ふらつきながら歩いていた。
彼女の細い両腕にはその重さは酷なように見えた。
彼女に再び接触を試みた。
彼女はおれの申し出に非常に不快そうな顔をした。
彼女は結構です一人で持てますとつっけんどんに言い放ち、おれを突き飛ばすようにして歩き去った。
彼女はこの時におれが後をつけていたことに気がついただろうと思う。
彼女はここ九年足らずでおれが嫌いになったらしい。
彼女の尾行を翌日も継続して行うことに決めた。
そして一週間経った。
授業に飽きて窓の外を見た。物語の語り手としてのお約束通り、おれは教室で窓際の後ろから二番目の席に座っていた。
視線を向けた先。窓ガラスの向こう、桜が全て散ってしまった緑色が並んでいる。教室は三階だ。緑色の桜の木の頭がガラスの下に並んでいる。風にそよいでいる。
その爽やかな植物の色の上に、ちらりと黒い影が映った。
視線を上げる。反射的に、影の正体を確かめようとした。
それは少女だった。
天使のような白い羽が背中から生えていた。悪魔のような黒いコウモリの羽だった。いや、羽なんか生えていなかった。ただの少女だった。
彼女は一目で非現実と認識で来てしまうような、不自然な状態だった。魔法少女的なステッキを持っていたとか、インパクト狙いで行くなら血塗れの釘バットを握っていたとか。そういう方向転換なら、重火器とか日本刀を携えているっていうのもよくある。
とにかく彼女にどんな設定があるとしても、空から落ちてきた時点でそれは現実的な美少女でなければならない。
美少女なんて言うなら、どんな顔なのかっていうのを描写しないといけないだろう。その娘は現実にはありえないほど大きな目を二つ、現実によくいるタイプよりも横長気味の顔にはりつけている。それは硫酸をぶっかけて強制的につるんとさせたみたいな、目鼻口その他の凹凸がごく控えめな造形。極端に整った出来栄えで、言ってしまえば現実からかけ離れた別種の美しさ、可愛らしさ。それにには実在の女は全く太刀打ち出来ない。一部の人間の弁。
胸は小さい。長い髪は黒髪だ。絶対に。そして黒いセーラー服。襟の赤いライン、赤いスカーフ。小柄な彼女のスカートの長さは膝よりも少しだけ上。落下しながらも絶対にパンツは見せない鉄壁の防御力を誇っている。
そしてそんな彼女とおれは、目があった。彼女の赤味がかった瞳が、射ぬくような強い光でおれを見据えた。落下する速度と窓枠の狭い切り取り線が許すコンマ数秒。強烈な印象。
そして数秒後に少女は地面と激突する。
確かに落ちていった。確かに落ちた音がした。下から響いた、潰れた音。
おれは授業中にもかかわらず、急に席を立ち上がり、窓へと駆け寄った。一階の窓際で潰れた彼女を確認するために。コンマ数秒間の運命と、予想されるグロテスクな結果に突き動かされていた。
教室は二階。窓に鍵はかかっていない。勢い良く開いた窓枠が、軋んで嫌な摩擦音を立てた。
おれの意識の外側で、教室がざわつく。
開いた窓から躊躇いもなく見下ろす地面の上に、首や背骨があらぬ方向に曲がった、真っ赤な彼女の肢体が――無い?
「久々知、久々知兵助! 急に席を立つな」
「え?」
背後から教師の怒号が飛んできて、おれは急に現実に引き戻された。
「どうした。居眠りでもして、変な夢でも見たか」
おれは二、三度瞬きをして、窓の外と、教室の中を交互に見回して、そして教室の中のいたたまれない雰囲気に、耐え切れない気まずさを感じた。
授業中に急に席を立って、窓の下を覗き込むなんていうのは――普通に考えて、異常行動だ。
そしてそんな異常行動を起こしてまで見たかったものが、どこにもない。
幻? 目眩がする。自分でも、何がしたかったのか、わからないような、夢から覚めた瞬間のような感覚だった。
「なんでもありません」
呆然としたまま、おれは席につく。教師は呆れたように眉をひそめたが、それ以上何も言わずに授業を再開した。
釈然としない。今、確かに彼女は落ちていったはずだ。開いたままの窓の外へ、再び視線を向ける。さっき立ち上がったのは、おれだけだった。ということは、他の誰も気が付かなかった? 落下する美少女なんて見たら、まともな人間だと言うのなら驚くに決まっている。
彼女の強烈な視線を覚えている。見間違いとは思えない。
時計を見ると、まだ授業の終わりまで三十分は余裕である。早く彼女を探しに行かなければ、と焦っていた。
だって普通、気になるだろう。空から落ちてきた美少女。
実際は、焦る必要なんて無かった。何しろこの数分後、また彼女と再会することになるのだ。
再び現れた彼女は、今度はきちんと教室の入り口から入ってきた。
爆音と共に。
彼女は異形の者と日本刀で戦いながら転がり込んできた。
悲鳴だ。金属同士の擦れ合い軋む音。聞いたことのない低い低い音程の雄叫び。一瞬にして、教室は非日常に変わった。
□一、死体遺棄も犯罪です
彼女が教室を出ていったのは知っている。
彼女は少なくともここ一週間はHR終了の直後に教室を出る。
彼女は一人で帰宅する。
彼女はクラスメイトらに対して、大丈夫、と答えてから小走りで教室を出る。
彼女はクラスメイトらの心配そうな視線を背中に受ける。
彼女は周囲から痛まれている。
彼女はここ一週間、ストーカーの被害に悩まされている。
彼女のクラスメイトらはそれを充分承知している。
彼女のストーカー被害は一週間前におれが転校してきたのと時を同じくして始まった。
彼女はその一週間前に、ストーカー本人から話しかけられた。
彼女は、どこの誰だか知りませんが、と言った。
彼女に名前を名乗った。
彼女は悲しそうにおれのことを久々知先輩と呼んだ。
彼女はおれのことを記憶している、と、この反応によって確信した。
彼女に掛ける言葉なんてなかった。
彼女は踵を返して教室へ戻った。
彼女へのストーキングの手始めに、校内での彼女の評判を探った。
彼女の校内の評判は上々だった。
彼女は美人だった。
彼女は成績優秀だった。
彼女は明るい性格だった。
彼女は穏やかで人当たりがよかった。
彼女は口数の多い方ではなかった。
彼女は教師からの信頼もあった。
彼女はさほど親しくない友人らを多数抱えていた。
彼女は自らの生い立ちをあまり話したがらなかった。
彼女は部活動には所属していなかった。
彼女は委員会活動に積極的に参加した。
彼女は一人暮らしだった。
彼女と再会したその日に彼女を尾行することにした。
彼女は初めはおれの尾行に気が付かなかった。
彼女の自宅を突き止めた。
彼女の自宅は閑散とした住宅街にあり両隣が空き地になっていた。
彼女の自宅は九年前よりも豪華だった。
彼女は一軒家に一人暮らしをしている。
彼女は一度帰宅するとまたすぐに家を出てきた。
彼女はそのままスーパーへ向かった。
彼女はその日、二週間分以上はありそうな大量の食料を購入した。
彼女は両手にビニール袋を下げ、ふらつきながら歩いていた。
彼女の細い両腕にはその重さは酷なように見えた。
彼女に再び接触を試みた。
彼女はおれの申し出に非常に不快そうな顔をした。
彼女は結構です一人で持てますとつっけんどんに言い放ち、おれを突き飛ばすようにして歩き去った。
彼女はこの時におれが後をつけていたことに気がついただろうと思う。
彼女はここ九年足らずでおれが嫌いになったらしい。
彼女の尾行を翌日も継続して行うことに決めた。
そして一週間経った。
授業に飽きて窓の外を見た。物語の語り手としてのお約束通り、おれは教室で窓際の後ろから二番目の席に座っていた。
視線を向けた先。窓ガラスの向こう、桜が全て散ってしまった緑色が並んでいる。教室は三階だ。緑色の桜の木の頭がガラスの下に並んでいる。風にそよいでいる。
その爽やかな植物の色の上に、ちらりと黒い影が映った。
視線を上げる。反射的に、影の正体を確かめようとした。
それは少女だった。
天使のような白い羽が背中から生えていた。悪魔のような黒いコウモリの羽だった。いや、羽なんか生えていなかった。ただの少女だった。
彼女は一目で非現実と認識で来てしまうような、不自然な状態だった。魔法少女的なステッキを持っていたとか、インパクト狙いで行くなら血塗れの釘バットを握っていたとか。そういう方向転換なら、重火器とか日本刀を携えているっていうのもよくある。
とにかく彼女にどんな設定があるとしても、空から落ちてきた時点でそれは現実的な美少女でなければならない。
美少女なんて言うなら、どんな顔なのかっていうのを描写しないといけないだろう。その娘は現実にはありえないほど大きな目を二つ、現実によくいるタイプよりも横長気味の顔にはりつけている。それは硫酸をぶっかけて強制的につるんとさせたみたいな、目鼻口その他の凹凸がごく控えめな造形。極端に整った出来栄えで、言ってしまえば現実からかけ離れた別種の美しさ、可愛らしさ。それにには実在の女は全く太刀打ち出来ない。一部の人間の弁。
胸は小さい。長い髪は黒髪だ。絶対に。そして黒いセーラー服。襟の赤いライン、赤いスカーフ。小柄な彼女のスカートの長さは膝よりも少しだけ上。落下しながらも絶対にパンツは見せない鉄壁の防御力を誇っている。
そしてそんな彼女とおれは、目があった。彼女の赤味がかった瞳が、射ぬくような強い光でおれを見据えた。落下する速度と窓枠の狭い切り取り線が許すコンマ数秒。強烈な印象。
そして数秒後に少女は地面と激突する。
確かに落ちていった。確かに落ちた音がした。下から響いた、潰れた音。
おれは授業中にもかかわらず、急に席を立ち上がり、窓へと駆け寄った。一階の窓際で潰れた彼女を確認するために。コンマ数秒間の運命と、予想されるグロテスクな結果に突き動かされていた。
教室は二階。窓に鍵はかかっていない。勢い良く開いた窓枠が、軋んで嫌な摩擦音を立てた。
おれの意識の外側で、教室がざわつく。
開いた窓から躊躇いもなく見下ろす地面の上に、首や背骨があらぬ方向に曲がった、真っ赤な彼女の肢体が――無い?
「久々知、久々知兵助! 急に席を立つな」
「え?」
背後から教師の怒号が飛んできて、おれは急に現実に引き戻された。
「どうした。居眠りでもして、変な夢でも見たか」
おれは二、三度瞬きをして、窓の外と、教室の中を交互に見回して、そして教室の中のいたたまれない雰囲気に、耐え切れない気まずさを感じた。
授業中に急に席を立って、窓の下を覗き込むなんていうのは――普通に考えて、異常行動だ。
そしてそんな異常行動を起こしてまで見たかったものが、どこにもない。
幻? 目眩がする。自分でも、何がしたかったのか、わからないような、夢から覚めた瞬間のような感覚だった。
「なんでもありません」
呆然としたまま、おれは席につく。教師は呆れたように眉をひそめたが、それ以上何も言わずに授業を再開した。
釈然としない。今、確かに彼女は落ちていったはずだ。開いたままの窓の外へ、再び視線を向ける。さっき立ち上がったのは、おれだけだった。ということは、他の誰も気が付かなかった? 落下する美少女なんて見たら、まともな人間だと言うのなら驚くに決まっている。
彼女の強烈な視線を覚えている。見間違いとは思えない。
時計を見ると、まだ授業の終わりまで三十分は余裕である。早く彼女を探しに行かなければ、と焦っていた。
だって普通、気になるだろう。空から落ちてきた美少女。
実際は、焦る必要なんて無かった。何しろこの数分後、また彼女と再会することになるのだ。
再び現れた彼女は、今度はきちんと教室の入り口から入ってきた。
爆音と共に。
彼女は異形の者と日本刀で戦いながら転がり込んできた。
悲鳴だ。金属同士の擦れ合い軋む音。聞いたことのない低い低い音程の雄叫び。一瞬にして、教室は非日常に変わった。
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一