嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』
「どうも、伊作さん」
相変わらず男か女か判らないような顔の人だった。今日は私服だ。飛降り自殺未遂の半死半生の患者は、まだ精神科医の出る幕じゃない。
「ありがとうございます」
「なんだ、改まって」
「お見舞いに来てくださったんでしょう? その辺に、花でもフルーツの缶詰でもなんでも置いていって下さい」
「悪いが手ぶらだよ。君が馬鹿なことをしたって聞いて、慌てて来たんだ」
「誰から?」
「医者友達さ。ここは市立の総合病院で、知り合いが数人が勤務している。別に監視してたわけじゃない。警戒しないでくれよ」
ため息一つとともに、伊作さんの顔が天井の背景から失せた。
「全治一ヶ月だぜ。随分と丈夫に出来ているな、君は」
「落ちた場所が良かったんですね。トタン屋根の駐輪場」
「こんな時でさえ、冷静なんだな」
呟く。伊作さんは恐らく、ベッド横の椅子にでも腰掛けたようだが、おれは相変わらず天井との会話。
室内でテレビの音声が聞こえ始めた。やはり、この病室は個室じゃないらしい。
「さっきそこの廊下で斉藤タカ丸君に会ったよ」
「元気にしてました?」
「君の自殺に大変なショックを受けていた。意味の通らないことを言っていたが、その真相は君が知っているんだろう?」
「それで、あいつはどうするって」
「父親の連絡先を持っているというから、呼んで保護してもらった」
「あいつ、親が居たんですか」
「そりゃ居るだろうよ。人間ってのは哺乳類だからな」
「実感が湧かないんです。昔は、意識は自然発生するもので……肉体はその後に形成されると」
「面白い話だ。詳しく聞きたいが、今はそれどころじゃないな。君は自殺の経緯について、説明責任があるだろう」
「警察みたいですね」
伊作さんは、言葉に詰まった。いや、少し笑ったのだろう。微かにそんな呼吸音が聞こえた。
「警察に聞かれてまずいことがあるのか」
「そうでもないです。自殺の経緯。死にたくなったから、じゃいけませんか」
「君は日常的に死にたいと考えていたわけじゃなかっただろう」
「衝動的に死にたくなりました。理由は、名前のことを言われたんで」
「名前って」
「言わないで下さい。嫌いなんです、その名前が。でも彼女がその名前で呼ぼうとしたので」
「死にたくなったのか」
「はい」
「彼女っていうのは、現場に居合わせたあの子か」
「はい。ご存知だと思いますが、被害者Aですよ」
「君と同じ……」
「同じでもないですけど、同じ犯罪の被害者」
作品名:嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』 作家名:浦門壮一