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嘘つきへーくんと壊れた×× 『真実の証明は嘘』

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 青い空、青い空、青い空、切れ端の雲、散り散りの雲、爆発する太陽、コンクリートの建造物、フェンスから身を乗り出した美しい少女、緑の街路樹、彼方に薄っすらと海の色、アスファルト地面を這う人間、自家用車、自転車、バス、真下に見えるのはトタン屋根の自転車置き場。
 大抵の死に方は、痛みを伴うだろう。

 兵太夫くんは、バスの中で恥ずかしそうに俯いていた。
 無理も無いし、無理をしているし、他に方法は思いつかなかったし。
「具合悪い?」
 絶対にそういうわけじゃないのは判っているけど、一応、顔を覗きこんで聞いてみた。
「違います!」
 赤くなった顔を少し上げて、噛み付くような声を出した。
 やたら明るい午前の太陽が、バスの窓から兵太夫の頭を照らしている。焼け付くような日差しで、兵太夫の黒い髪はカッカと熱くなっているに違いない。痛みそう。
「でもしょうがないじゃん」
「判ってるなら……判ってるなら、言わないでください!」
 兵太夫は騒がない。しかしやっぱりこっちに噛み付きそうな勢いで、小声で怒っている。他に客なんてほとんどいないんだけど、それでも大きな声を出すと、一番前に座ってる運転手さんに話を聞かれてしまうから。
「だって変装しないと警察に突き出されちゃうし」
 おれがね。兵太夫は、被害者だから安全だけど。
「でも他に何かありましたよね?」
「無かった」
 本当の話だ。何度も言うけど、おれは家出をしていて、いや、ちゃんと親父には行き先を告げては居るんだけど、ろくにお金を持っていないのは確かなので、服もほぼ持っていない。
 だから兵太夫の変装のために何か着るものを、って言ったって、小さな子供のサイズの服は持っていないわけだし、そうなるとおれにできることって、あーちゃんの服を勝手に使用させていただくぐらいであって。
 都合のいい事に、彼女は小学生ぐらいの頃の服を物置の奥に大切にしまっていた。
 華柄のワンピース。少し古臭いデザイン。でも捨てられないものなんだろう。
 そしてそれを嫌がる兵太夫に着せた。
 他にないからしょうがないし。
「かわいいよ。似合ってる」
「嬉しくないです!」
「あはは。でもさ、兵太夫も最初は乗り気だったじゃん」
「それは……」
 口ごもって、そっぽを向かれてしまった。窓際のバスの席。窓に兵太夫の顔が限りなく薄い半透明に映しだされている。
「妹みたいになるかなって思ったんです」
「え?」
「双子だから。妹が戻ってきたみたいに、なるかなって思ったんです。似てるってみんなに言われてたから」
 間違えた。小さな声でぽつりぽつりとつぶやく兵太夫の顔は、まだ窓越しの透明にしか見えない。でも間違えたと判った。
 泣いてしまうんじゃないかと。
「ごめん」
 おれが謝って、終わることじゃないんだけど。
「別に!」
 くるりと、兵太夫は振り返り、泣きそうな、困ったような顔でおれを見た。唇を横にきゅっと結んで。
「別に、タカ丸さんのせいじゃないですよ! やっぱり僕、妹とはぜんぜん違うなあって、思っただけです。双子って言っても、男と女じゃ違うんです、やっぱり、だから、変だなあって思ったんです。変態みたいで似合ってないなあって」
「そっか」
 兵太夫は早口でまくし立てて、一息にそれを言い切った。泣きそうな揺れる声で吐き出すように言い切った。
 おれは何も言えない。この子供になにを言うべきか、誰が判るんだろうか。
 おれは頷くだけ。兵太夫はやっぱり泣きそうで、困ったような顔で、黙り込んだ。
 バスが停まる。
 急ブレーキだった。
 身体が投げ出されそうな激しい揺れと共に、バスが停まった。
「わっ」と声を上げて、兵太夫が椅子から転げ落ちそうになる。
 おれは慌てて彼を抱きかかえた。
 抱きかかえて、辺りを見回そうとして顔を上げて、その透明な窓から空を見上げてしまった。
 今度はおれが、
「わっ」
 と短く叫んだ。
 兵太夫が目を丸くして、おれの視線の先を追う。
 ショッキングなことに、おれと兵太夫は、窓枠に切り取られた青い空の端に、屋上から転落する一人の人間を目撃した。
 はっきりと、顔も見える距離で。
 落下する青年は、間違いなく、おれの大事な希望の形をしていた。
 兵助くん。なんで?

□十六、世界で一番大切な、嘘
「どうしてそんな嘘を吐いたんだい」
 一通り話し終えてから、伊作さんは深い溜息と共に、そんな事を言った。
「名前のことですか」
「そうさ。君は、一人の人間として自分の意志で立派に行動しているね。だからこそ、その行動にもちゃんと意味があるんだろう?」
 おれは伊作さんの顔から目を逸らした。病院の、緑色の薄暗い影に、視線が泳ぐ。何を見ればいいのか判らない。
「今は、無理か」
 これも質問だった。だけど、それも答えきれない。
 吐き気がしていた。胃や腸が冷たく蠢いているのが、他人事のように感じられた。
 口を薄く開いて、浅い呼吸を繰り返している。胃の中身が戻ってくるのを堪えていた。
 遠くに、誰かの足音が聞こえる。スリッパをリノリウムの床に叩きつける音。
「ごめんな」
 少しの沈黙の後、伊作さんは優しい声でそう言った。
「こんな所じゃ、話しづらいよな。いつかでいいよ。いつか、聞かせてくれ」
 伊作さんが立ち上がった。
 人気のない病院の暗い静けさ。弱い蛍光灯の明かり。力なく射し込む真昼の陽。伊作さんは病室のドアに手を掛けるだろう。
 急に怖くなった。
「へーくんは」
「ん?」振り返る。
「へーくんは、死んだんです! あの時に、おれと、あーちゃんを庇って、犯人に刺されて殺されて、死んじゃったんです! おれが一番お兄さんだったんだからおれがみんなを守らなきゃいけなかったのに、おれは一人で逃げ出したから! だからおれは、へーくんの代わりにならなきゃ」
「おい、落ち着け! タカ丸、急にどうしたんだよ」
 何故か両目が熱い。膝の上で開いた手のひらの上に涙が落ちる。
 思い出したくない風景が、脳髄にちらつく。
 振り下ろされた凶器の、黒い液体の滴る銀色の、尖った切っ先が、おれの前に躍り出た子供の、その腹にめり込んで行く恐怖の、低い呻き声と、その呻きの合間におれの耳元で囁いた、
「外へ、助けを」
 その辿々しい言語の、幻影が今も……今にも!
「タカ丸、少し、少し落ち着いてくれ。な、ここは病院なんだ。どこか痛い場所があるか? 具合が悪いか? 医者を呼ぼうか、それとも、少し外に出ようか」
 伊作さんはおれの両肩を押さえつけて、なだめるように語りかけた。
 またへーくんが死んだ。
 これで二回目だ。

 生きている。
 つくづく丈夫に出来ているものだと思う。人間というものは。
 それとも自分が、死に嫌われているのだろうか。
 天井からぶら下がるカーテンの向こう側に蛍光灯の光を感じる。消して欲しい。身体が動かない。
 室内に複数の人の気配がある。足音が聞こえる。ここは病院だろう。
 カーテンが開いた。
「久々知君、久々知」
「下の名前で呼ばないでください」
 存外はっきりと声が出た。意識を失っていた時間も、そう長くなかったらしい。
 視界の大半を占める灰色の天井の中に、人間の顔が割り込んできた。
「久々知少年」