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【腐女子向】とあるこどものこいのうた【蛮銀】

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珍しい事もあるものだ
赤屍蔵人は面白そうに前を歩くこどもを眺めた。
普段であれば自分と二人きりになったとたんあからさまに怯えた様子を見せて二頭身の妙なぷにぷにした姿に縮み相棒の名前を必死に呼んでいるのが、今回は虚勢とは見てとれるものの荒い歩き方でもって自分の前を歩いている。仕事を共にする為に現場で会ったときはいつもと変わらぬ彼だったのに、一度はぐれて合流した時にはもうこの様子だったから、はぐれた間に何かあったのだろうとは思うもののまさか彼が自分に相談も愚痴も言うはずがなく赤屍にはさっぱり事情がわからない。仕事がつまらないものになるのなら問題なのだが、彼を死なない程度につつくのもそれはそれで楽しいので現状に飽きたら適当に遊べば今のところはいいだろうというのが結論である。
裏新宿の薄汚れた古い商社ビル、入口から向かって右隣りには細い路地を間にして廃ビルが一部崩されたまま放置されている。二人は五階建ての一階フロアにいた。商社ビルという態だが、実際このビルが謳っている会社は存在していない。
今回の赤屍は奪還屋が奪り返して来たものを依頼主に届けるというだけの仕事だ。
奪還屋達はしきりに待ち合わせ場所を作ってそこで赤屍に待っているようにとしたかったらしいが、そんな本当にただの運び屋の仕事を赤屍が受けるはずもない。ターゲットは繊細なのだ。奪り返してすぐに腕の立つ運び屋に運んでもらいたい、というのが依頼人の要望である。つまり、奪還屋がターゲットを無事に手に入れるまで赤屍は彼らと行動を共にせねばならない。
依頼品はミイラの子供。
子供は反抗期に家出をして裏新宿に迷い込んだ。そこからにどんな運命が待っていたのかは聞いていないし興味も無いので知らないが、薬物の人体実験に使われどういった結果が得られたものか子供はミイラとなった。馬鹿馬鹿しいことこのうえ無いのだが、そのミイラの奪還を望んでいるのは子供の親ではない。きっと親は子供がまさか薬物でミイラになったことも知らないだろう。未だに探しているのか、諦めてどこかで生きていると信じているか。仮にもしかしたらと死んでいる覚悟もしていたとして、まさか縮んで枯れた姿となり厳重に管理されているとは思うまい。
依頼主は子供をミイラにした研究者の一人だ。
日本では無い国に本拠地を構える、死を超越しようなどとくだらない事に必死になっている者たちの一人である。不死にそんなに魅力があるとも思えないのだが、克服したいと考えるものは星の数ほどいるらしい。それだけいればくだらない研究集団を作りあげる者もいるのだろう。
不死を美しいものだと思っていたのだと、依頼主は語った。そして数限りない実験をして、被験体の一人である子供に研究の成果が出たのではないかとされた。依頼の子供の事だ。
ミイラの子供は生きている。
日本ではまだ結果が不十分であるとされたミイラは今夜、ここで受け渡しがされここでは無いどこかで更なる実験がされるらしい。
依頼主はずっと自分は人類の為になる、結果さえ出れば自分は称賛される研究をしてきているのだと信じていた。多少の犠牲は止む無しと、他は見ず、考えず。しかし、定期的な薬物投与をされるミイラの涙に、微かな苦痛の声に気付いてしまったのだという。そして彼は長い夢から醒めてしまった。
赤屍からすると、いっそ一生バカな夢を見ていた方が良かったでしょうにというのが感想だ。多分奪還屋の一人、美堂蛮も同じ考えだろう。
そのミイラのどこにも、依頼主が夢見ていた不死の美しさは当たり前だが無かった。このミイラの先に夢に見た美しいものがあるかもしれないが、依頼主は美しいものが美しいだけでは出来ていないと気が付いてしまったのだ。
奪り返してどうすんだそのミイラ。視力があるかも聴力があるかもわかんねぇそれに、手前ぇは土下座して謝んのか?
気分が悪いでは済まない話を自分はおろか相棒にまで聞かせたという不快感を露わに蛮は吐き捨てるように依頼主に言う。
依頼の場所は裏新宿の中央にそびえる無限城は最下層の王、マクベスが取引に使う広間。そんな場所にしかも深夜を指定してのマクベスからの依頼など、掛け値なしにいい話では無いだろうと思われた。だから赤屍は引き受けようとやってきたのだが、聞く気も無いのにマクベスから奪還屋と運び屋を紹介された依頼主は語り始める。懺悔のように。
救いたい
依頼主は言う。
救えるわけがない。赤屍は思ったし、蛮も寝言は寝て言えという顔で依頼主を見た。
救いたいのはミイラではないだろう。本当に救いたいのは、間違いなく自分のはずだ。
こんなつまらない依頼だとは思わなかったが、赤屍も、蛮も依頼のあまりのくだらなさに失念していた。多分、マクベスは確信犯だ。だから他にもいる奪還屋も奪い屋も選ばず、ゲットバッカーズを選んだ。そうして、彼らを気に入っているどんな話にも顔色を変えないであろう自分を選んだのだ。
この広間には馬鹿なこどもが一人いた。それもかなりの影響力をもって。
こどもは馬鹿だから信じてしまったのだ。この依頼主の心を。
裏新宿の闇にまぎれて愚かな研究に熱をあげ続けていたとはいえ、そこから逃げ出し無限城を頼ろうという発想がまた無茶なのは確かだ。実際依頼主は満身創痍でマクベスに付き従う女性(サクラと呼ばれていたか)に車いすで押されていた。一人では確かにミイラは救えない。どこを頼ろうとも信じてもらえる話では無いだろう。それでも、救いたかったのだという依頼主をこどもは信じた。結局、研究所からの金は最低限の生活費以外手つかずでかなりの額が残っているという話がなされ、つまり高額の依頼料を提示されそれを言い訳に蛮はこどもの望むように依頼を承諾する。
正直な話、こどもが関わる仕事は茶番が過ぎるので関わりたくは無い。この奪還屋達を相手にするとなると逆に愉しくなってくるから引き受けもするが、こんなくだらない依頼、茶番に始まり茶番に終わるのは火を見るより明らかだ。それでも、この茶番をどうまとめるのかという好奇心も無くは無く。
つまらないと思ったらいつも通り、途中でキャンセルすればいいだけだ。赤屍はそういうつもりでここにいる。

「美堂君はどこに行ってしまったのでしょうね」
依頼主の言うビルへと潜入する時は三人だった。闇に包まれたその建物は研究所とは別に昼は組織を経営運用するための場所であり、夜に地下で薄暗い取引がなされるという、地上五階、地下三階の建物だ。依頼主はただの研究者であり、組織そのものがどういう仕組みになっているのかは明るくない。見た目は古いだけで実績はさほどない会社のビルに見えてもセキュリティは流石に万全だろう。しかし取引が地下でなされているとなれば地上に上がってくるしかトラブルが起きたとしても脱出の方法は無いはずだ。
問題は研究者が一人失踪したという事実をこの組織がどう捉えているか、だ。依頼主は研究者としては末端ではないがトップでもないという。一人逃げたところで追いはするかもしれないが、自分たちを揺るがせるはずがないと驕っているだろうか。もしくは失踪した先が無限城だと知ってそこで追跡をやめて逃走者など無いものとしたか。