【腐女子向】とあるこどものこいのうた【蛮銀】
馬鹿な発想だがこうしてみると無限城を頼ろうという考えは中々悪くないのだろうかと思えてくる。怖気づいて逃げたとして、まさかミイラを生き返らせたいなどという逃走だとは思うまい。であれば、引き渡しの実行は予定通りに行われるだろうか。本部としてもできるだけ早くに手に入れたい実験体だろう。
一階の隅一角のみを残して殆ど崩れた廃ビルに潜み様子をうかがおうという予定だったが、奪還屋達の杜撰な計画は常に予定通りにいけないもので実際夜には随分と大層な装甲車ような車がその空地に無理やり止まっていた。
深夜近い裏新宿の中でもさびれたビジネスビルの立ち並ぶ場所とはいえ徹夜で残業コースを無償で強いている企業もあれば、仕事から解放されて近くの鉄橋下で営まれている怪しい飲み屋で泥酔している声も響いている。何をしているかわかったものではない企業は今回のターゲットだけではないだろう。人気は無いどころかここなりに人も明かりも絶える事は無い。
そんなところで黒衣の長身とウニ頭に金髪という珍妙な組み合わせが目立たない訳もなく、いつまでもビルの前にいるわけにもいかないとなると結局奪還屋達は一番の得意技、強硬策に乗り出そうという結論に至った。ビルの左隣は一階が中華屋の三階建て雑居ビルである。その軒を足掛かりに三階屋上まで飛び乗るとさらにそこから一度壁を蹴って本命ビル五階屋上へと着地する。屋上から侵入しようという寸法だ。
屋上のドアを壊さずに、赤屍のメスで隣の壁を切り崩して侵入する。階下に降りきる前に、五階廊下をぼんやりと照らす、光量を落とされた蛍光灯から電流を逆流させてビルの電源を落としたとき、暗闇で一度赤屍は奪還屋達とはぐれた。そうはいっても目的はわかっているのだから闇と同化した赤屍はそのままゆっくり歩いて一階まで降りる。途中警備員達ともすれ違ったが誰も赤屍に気が付かない。階段を降りてすぐの一階奥の部屋が開け放たれていたので覗くと、突如電灯が破裂するという事態に困惑した警備員達が出払ってしまった警備室のカメラモニタをこどもが破壊していた。
むっつりと拗ねたような顔は、こちらに気付くと一瞬怯えたような表情を見せたがすぐに気を取り直し、赤屍にエレベーターを探しましょうと言うと乱暴な足取りで部屋を出て廊下を先に進む。
最初はむっつりしていたもののだんだん抑えていたものが抑えきれなくなってきたのかこどもは時々不明瞭な何事かをボソリともらすようになっていた。
「蛮ちゃんなら下に降りてます」
赤屍の独り言になるかと思った言葉に返事が返ってくる。
「一人でですか?」
「はい、この建物おかしいんですよ、赤屍さん。地下二階までしか表示が無いんです」
奪還屋の二人ははぐれている間に一度エレベーターを見つけて気が付いたのだという。
「地下は三階まであるという話でしたが」
依頼主が間違えたか、もしくは
「蛮ちゃんはきっと行き方があるはずだって。でも警備員さんを一人捕まえて聞いてみたんですが知らなくて」
秘密の階だったのを研究所に引きこもりの依頼主は知らなかったのだろう。ただ三階で取引がなされる、という話だけを情報として持っていた。
「それなら騒ぎを起こして上に逃げてくるのを捕まえりゃいいって」
「なるほど、でしたら…」
そこで二人は何人かの警備員に囲まれた。一人が無線で応援を呼ぼうとするのをこどもが素早く電撃で気を失わせそのまま間髪入れずに前方に電撃を飛ばす。その際、だ
「もおおお、蛮ちゃんのバカああああああ!」
暴れることでタガが外れたこどもがわけのわからない事を気合いの代わりに叫びだす。
「俺もっと乱暴にしてくれたって壊れたりしないんだからねえええええ!」
何を言っているんですか
赤屍はそう言う代わりについ結構渾身の勢いでもってこどもにメスで切りかかってしまった。こどもはヒイと悲鳴を挙げていつもつけているグローブの鉄板部分で赤屍のメスを受け止める。
これが結構何気に赤屍としては納得がいかない。自分はたいていのものは切り裂けるし切り裂いている。どうしてこどものこんなちゃちな装備だけメスは鈍るのか。自分の意識していない部分で手を抜いているのだろうか。今の自分に無意識などという部分が存在するのだろうか。全く彼ら奪還屋といると、潰えたと思った自分に気付けて面白い。
「あああ赤屍さん!?」
こどもが完全に泣き叫んで自分の名前を呼ぶ。
「ああ、申し訳ありません。少々驚いてうっかりしていまいました」
「うっかりで人を本気で殺しに来ないでください!?」
かなり錯乱している。だがこちらも驚いたといえば本当に少しだが驚いたのだ。無理も無いと思ってもらえないのだろうか。
「銀次君は仕事中に美堂君とナニをしてらっしゃったんですか?」
「え?えええ???」
「随分とあまり感心できない事を叫んでらっしゃいましたが」
「うええええええええ!?」
俺何を言ってたんですか!?銀次は顔を赤くしたり青くしたり目を白黒させたり中々カラフルな事になっている。
「別段知りたくなかったあなた方の閨事情を叫んでましたよ」
「ケヤキ量?」
赤屍はどちらかというとこのこども、天野銀次を気に入っているのだがかなり頻繁に本気で殺しにかかりたくなるのも本当の事だ。死なないとわかっているから思い切り殺しにいけるのかもしれないが。
銀次の電撃と赤屍のメスで動けなくなった警備員達の中心で二人は盛り上がっている。応援はまだこないようだ。
「そうですね…あなた方の夜の事情の話といえばわかっていただけますでしょうか?」
「う」
顔中を耳まで真っ赤にして銀次はわかったと赤屍に伝えてきた。首を覆っている白い服の下もこの分なら見事に赤く染まっているだろう。奪還屋の二人は強固な絆の二人だとは知っていたが、色恋など興味も無ければ理解もできないでいたからか、二人がそういう関係だとは気付かなかった。むしろ蛮など銀次さえいなければほとんど自分と同類だと思っていただけに、彼に恋愛の情などがあるというのは少し信じられない。
「べべべ別に仕事中、赤屍さんとはぐれたスキにナニかしようって事があったんじゃないんです!」
銀次は早口で言い訳を連ねている。
「ただちょっと…蛮ちゃん俺の事変な目で見てるっていうか」
「劣情を抑え「違います」
皆まで言わせてもらえなかった。
「そーいうんじゃなくて、えええええっちとかはしてないとかじゃないんですよ」
知りたくなかった。
「でも信じられないくらい優しいっていうか」
本当に知りたくなかった。
「そんな風に優しくしなくてもいいのにっていうか、乱暴にされたいとかじゃないんですよ!?」
今こんなことを自分に語ってると蛮に知れたら望み通りある程度の乱暴がなされるだろう。
「なんていうか蛮ちゃん、俺の事蛮ちゃんとは違うって思ってるような。俺、蛮ちゃんと同じなのに」
同じでは無いだろう。そんな事を思ってるのは銀次だけではなかろうか。
「俺の事、遠い人みたいな目で見てる、いつも。さっきも」
「銀次君」
聞いていられなくなって赤屍は声をかけた。まさかこんな茶番に巻き込まれるとは想定外だ。
「外に出ますよ」
「はい?」
言うだけ言うとぽかんとしている銀次を置いて赤屍は一階正面玄関へと向かった。
作品名:【腐女子向】とあるこどものこいのうた【蛮銀】 作家名:安倍津江