バレンタイン詰め合わせ
メフィアサ
ヴァチカンのサン・ピエルパオロ大聖堂の地下にある正十字騎士團本部。
地下とはいえ、広大であり、豪華だ。
その一室。
正十字騎士團に所属する多くの祓魔師の中で最強と言われる聖騎士の地位にあるアーサー・A・エンジェルの部屋。
その重厚な扉が、軽々と勢いよく開けられた。
デスクをまえにして椅子に腰かけているアーサーはそちらのほうに眼をやった。
そして、眉根を寄せた。
けれども、部屋に入ってきた者は陽気だ。
「ご機嫌うるわしゅう、エンジェル」
メフィスト・フェレス正十字騎士團日本支部長が歌うように挨拶した。
アーサーの眉間のシワが深くなる。
好きになれない。そう思っているのがハッキリわかる。
「オレの機嫌はうるわしくなんかない。それで、なんの用だ?」
「おや、今日がなんの日かお忘れですか?」
メフィストはデスクぎりぎりまで近づくと足を止め、そして、右手に持っている物を差しだした。
真っ赤な薔薇の花束だ。
五十本はあるだろう。
「……薔薇の日か?」
「エンジェル。あなたのそういう所、好きですよ」
ふふっとメフィストは笑う。
「ええ、そう、今日は愛を告白する日です。日本では大切に想う相手にチョコレートを贈る日なんですよ」
「バレンタインデイか」
それぐらいは知っている。
しかし。
「それが今の状況となんの関係がある?」
なぜバレンタインデイにメフィストが自分に薔薇の花束を差しだしているのか、わからない。
「だから、愛の告白をしに来たのです。私から、あなたへ」
「ああ、わかった、嫌がらせに来たんだな」
「おや、そんなふうに受け取られるとは心外です」
メフィストは眼を伏せ、悲しげな表情になる。
だが、アーサーには芝居がかっているように見えて、まったく信用できない。
メフィストはふたたびアーサーのほうに眼を向けた。
「では、私の真心をお見せしましょう」
左手を肩の高さまであげ、パチンと指を鳴らした。
すると、廊下から扉が開きっぱなしの部屋へとなにかが運ばれてくる。
運んできたのは祓魔師二人で、表情は重く、アーサーのほうを見ないようにしている。メフィストに弱味を握られていて仕方なく、といったところだろうか。
二人は運んできた物を部屋に置くと、逃げるように足早に去っていった。
メフィストは、また、指をパチンと鳴らした。
部屋の扉が自動ドアのようにパタンと閉まった。
メフィストは運ばれてきた物を左手で指し示す。
「これが、私からあなたへの愛です」
運ばれてきた物、それはメフィストの等身大の像だ。笑顔で、さあ胸に飛びこんでおいで、と言うように両腕を広げている。
台座の上の像はすべて茶色である。
「チョコレートで作らせました」
にこやかにメフィストは話す。
「私を全部食べちゃってもいいんですよ」
その眼が、じっとアーサーを見る。
「マイスイートハート」
ぞぞっとアーサーの肌に寒気が走った。
アーサーは無言で立ちあがる。
そして、メフィストのチョコレート像のほうへ近づいていく。
「……カリバーン」
低い声で魔剣に呼びかける。
「我に力を」
魔剣が歓声をあげた。
次の瞬間。
メフィストのチョコレート像は一刀両断された。
作品名:バレンタイン詰め合わせ 作家名:hujio