バレンタイン詰め合わせ
銀桂
夜、攘夷志士・桂小太郎の潜伏先である一軒家を、万事屋の主である坂田銀時が訪れていた。
呼ばれたわけではない。特に用があるわけではない。
まあ、そういう仲だからである。
しかも、今日はバレンタインデイだ。
会いにいかないわけにはいかない。
だが、問題がある。
天然すぎる桂がちゃんと認識しているかどうか、だ。
というわけで、遠回しに探ったりするのも面倒だし今さらなのでハッキリ聞いてみることにした。
銀時は出された茶を飲み干すと、湯飲みを机に置き、机の向こうに座っている桂に話しかける。
「なあ、ヅラ、今日はバレンタインだよな」
「ヅラじゃない桂だ」
「そこに引っかかってると話が先に進まねェから、カットして本題のほうに行ってくれ」
「ああ、今日はバレンタインだ」
あっさりと桂は答えた。
整った顔に変化はなく、澄ましている。
今日がバレンタインデイであるのは当然知っている。だが、それがどうかしたのか、といった様子だ。
これは期待していたものがダメっぽい。
だが、しかし、あきらめたくはない。
「バレンタインって言ったら、ホラ、おまえから俺に渡すもんがあんだろ、なァ」
熱心に訴えてみた。
桂は小首をかしげたが、少しして、なにか思いついたような表情になった。
「もしかしてチョコレートがほしいのか?」
奇跡的に桂はわかったらしい。
「そう! そのとーりだ!!」
銀時は顔を輝かせて力強く何度もうなずいた。
桂は立ちあがる。
どうやらチョコレートを取りに行くらしい。
「まったく、おまえは甘い物が好きなのだからな」
ひとりごとのように言ったその桂のセリフに、銀時は少し不安を覚える。
甘い物はたしかに大好物だが、今ほしいのはそのせいではないのだが。
もしかすると、おやつ用に買っておいた板チョコとかを持ってくるつもりなのかもしれない。
しかし、そうであっても、いちおうバレンタインデイにチョコレートをもらったということで、よしとしようと思う。
桂がもどってきた。
銀時の横に腰をおろし、持ってきた物を机の上に置いた。
それは赤い包装紙でラッピングされ、ピンク色のリボンがかけられている。
明らかにバレンタインデイ仕様だ。
なんだ、ちゃんとこの日のために用意してくれてたんじゃねーかよ。
そう思い、銀時の鼻の下が伸びた。
さっきまでの桂の、バレンタインデイそれがどうした、という態度は照れ隠しだったのだろうと判断する。
銀時はラッピングを解き、その中にあった白い紙の箱を机に置く。
箱の蓋を開けた。
もちろん、チョコレートが入っている。
しかも大きなハート型だ。
だが、問題があった。
茶色いチョコレートの上にデコレーションがしてあり、「桂さんへ」と白い字で書かれている。
「……これ、おまえ宛じゃねーかよ」
「ああ、仲間からもらったんだ」
平然と桂は答えた。
銀時の眼のまえにあるのは、攘夷志士仲間からもらったチョコレートであるようだ。
少しでも期待した俺がバカだったと銀時は肩を落とし、ふと、気づく。
「その仲間って男か?」
「ああ、そうだ」
「ってこたァ、バレンタインにチョコレートをおまえに渡したってこたァ」
「友チョコだろう。これからも仲良くしていこうということではないのか」
これからも仲良くって……、と銀時は脱力しかけて、いや脱力している場合ではないと思い、低い声で問う。
「別方向に考えねェのか」
「別方向?」
「友でも義理でもない、本命ってヤツだ」
「まさか」
桂は言う。
「俺に抱かれたい、とか?」
「……おまえ、なんでそっちの方向に行くんだ」
今度は脱力してしまった。
そんな銀時を桂は不思議そうに見ている。
綺麗な顔立ち、艶やかな長い黒髪。
その容姿は、ほとんどの者が美人と認めるだろう。
女装はよくするが、女装以外の変装もよくしていて、別に自分が女性のように見えるからしているというわけでもないので、本人に自覚はない。
だから、銀時は苦労したのだ。相手が天然すぎるので、片想い期間が異常に長かった。
今も、苦労している。
「銀時」
名を呼ばれたので、銀時は顔をあげて桂のほうを見た。
眼が合った。
長い睫毛に縁取られた切れ長の涼しげな眼。
桂の唇が開かれる。
「俺はおまえが好きだ」
そう告げると、白磁のような頬にふっと笑みが浮かんだ。
「今日はバレンタインだからな」
長いつきあいなのに、つい見とれてしまうほど、華やかである。
本人は無自覚だろうが。
「これで、充分か?」
そう問われた。
バレンタインデイだから、告白した。
それで充分か。
ああ、と、うっかり肯定しかけて、銀時はその返事を呑みこんだ。
もっといい答えがある。
銀時はニタァと笑う。
「いいや、足りねーよ」
そして、手を桂のほうへと伸ばした。
作品名:バレンタイン詰め合わせ 作家名:hujio