GYM BEAT
♯
「今のだましうち凄かったね!」
イチハはシノに言った。イチハが思っていたよりも早く試合の展開が進んでいたので、試合って案外こんなものなのかなと思った。
「うん! でもチェレン先生も凄いよね! あそこで吠えるを使って距離を取ろうとするなんて急には思い付かないよ」
相変わらずシノは先生を熱烈に応援している。
どちらかというとイチハは挑戦者のフエゴ君の方に興味があった。なんとなく、だが。
興味はあったけど先生がプリンを出した時、フエゴ君の方が負けるかなと思った。これもなんとなくだ。
「ププ、まるくなれ!」
先生の声でプリンは可愛らしい仕草で丸くなった。授業の時にあのプリンを一度見たことがあるけど、やっぱり可愛い。どうせトレーナーになるなら先生のプリンのような可愛いポケモンを連れたいなとイチハは常々思う。
「エフ! かみつく!」
ナックラーが先程と同じように素早い動きでプリンに迫っていく。
あと少しでプリンが噛みつかれると思ったその時……それは一瞬の出来事だった。
「ナックラーにころがれ!」
ナックラーに向かって転がり出したプリンが突然スピードを上げて、迫って来ていたナックラーを吹き飛ばしたのだ。
吹き飛ばされたナックラーはもう微動だにしない。
そして、審判がナックラーに近寄って合図を出した。
キャ~!
イチハの横ではシノが叫んでいた。その声が聴こえたようで、先生が二人の方を見て手を振った。
多分、さっきのはナックラーのスピードを利用してころがるの威力を上げたんだろうとイチハは予想する。プリンにはあまり攻撃する力はない。まるくなるをしたのは転がり易くするためと、ナックラーもといトレーナーであるフエゴ君を油断させる為の作戦だろう。それにフエゴ君ははまってしまったというわけだ。
そのフエゴ君は、何が起こったかわからないという表情でナックラーを戻し、最後の一匹を出した。
「ライガ! 頼む!」
最後はグライガーとプリンの対決になった。
「来い! フエゴ君!」
チェレンはそういってから、プリンにまるくなる、続けて守るの指示を出す。
「ライガ! アクロバット!」
フエゴ君のグライガーがプリンに襲いかかった。
プリンは身を防ぐようにまるくなっている。
グライガーは連続でプリンを攻撃するが、一行に守りが崩れない。
「ププ! 耐えてくれ!」
チェレンが叫ぶ。
「ライガ! 手を休めずアクロバットだ」
グライガーはその声に答えようとした。したのだが、段々と動きが鈍くなってきていた。目付きもどこかおかしくなっている。
何が起こったのだろうか。イチハはじっと見いるがよくわからなかった。
そしてとうとうグライガーは地面にばさりと落ちてしまった。
「ライガ! どうした!」
「フエゴ君、君の負けだよ。ププ、のしかかり!」
プリンは小さく鳴いてから転がってスピードをあげ、大きく飛び、グライガーにのしかかった。
♪♪♪
帰り道は案の定シノが今日の試合での先生の事を興奮しながら喋り続けていたので、イチハはひきつった笑顔を作りながら相槌をうっていた。
ふと前を見ると、どこかで見たような人がベンチに座っていた。
♭
「エフ、ライガ。ごめん」
フエゴはチェレンに負けて落ち込んでいた。
頑張って特訓も嫌いな勉強もしたのに、それでもあんなポケモンに負けてしまったのだ。
『君達の絆が今よりもっと強くなったらおいで。いつでも挑戦待ってるから』
チェレンはニッと笑いながらそう言った。
「今のままじゃあ駄目って事かぁ~」
フエゴは大きな溜め息をついた。
旅を始めたばかりの頃よりは強くなった筈だ。
戦いかたも大体わかってきた。実際に人と戦わないとわからないことも沢山あることもわかった。つまり、今の自分に足りない事は経験だ。
もっと他のトレーナー達と戦う事が勝利への近道ということだ。
「ねぇ」
突然誰かに声をかけられた。驚いてそっちを向くと、同い年くらいの二人の少女が立っていた。
「誰? 知り合い?」
色白で髪の短い方が長めの髪を後ろで括ってポニーにしている方に訪ねた。
「覚えてないの?? あ~、そうか…」
ポニーの少女が勝手に一人で納得している。色白の娘はわかっていないようだ。
「君、さっきの挑戦者だよね?」
「あ~、先生の相手の子?」
なるほど、試合の観戦者かとフエゴは思った。
「うん。そうだけど…」
「あのさ、最初のナックラーのだましうちは凄かったよ」
気の強そうな娘だったので何を言われるのかと身構えたが、意外と誉めてくれたのでフエゴは少し照れてしまった。
「あ、ありがとう」
「でもチェレン先生のププも……」
「ちょっとシノは黙ってようね~」
色白の娘、シノは頬っぺたを摘ままれて静かになった。
「でもさその、先生のプリンが出てきたとき、君油断したでしょ」
「えっ、あっ……」
言われた通りだ。完全に油断してしまっていた。
「どんなポケモンでも、どんな相手でも、油断したら勝負は負けだからね。それだけ」
ポニーの少女はじゃあ、というと、シノを引っ張って行こうとした。
「あのさ!」
フエゴは立ち上がって二人を呼び止めた。
「……え~と、ありがとう」
言う言葉がなかなか見つからず、とりあえずお礼を言った。
「よかったら君もトレーナーズスクール来なよ。きっとプラスになるよ」
去り際の彼女の一言とその顔はフエゴの頭からずっと離れなかった。