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青い光

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雷蔵が本を読んでいる。


秋が深くなってくると、空の色もだんだん変わってくるものだけれど、今日は本当に空が青い。
気温さえ感じなければ、おそらく夏の空だといわれてもわからないほどに。
でも、雷蔵の背中を見ながら雷蔵が本を読み終わるのを待っている時間は、やっぱり秋の気温を感じるように、少し寂しい。
風は既に冬の温度を運んでいて、たまに部屋に吹き込む風は、袖から出ている腕をどんどん冷たく冷やしていく。
(雷蔵は寒くないだろうか)
少し雷蔵に近づく。背に風が当たる。俺でも雷蔵の風よけにくらいはなれるだろうか。
手を伸ばすと雷蔵の背中に触れる位置で、じっと見つめていても、雷蔵は振り返らない。

ずいぶん長い時間、そうしてじっと雷蔵の背中を見ていた。




別に何がしたいわけでもない、雷蔵の傍にいたいだけの俺を、雷蔵はわかっていて特に構いもしないし、だからってうざったがるわけでもない。
そういう雷蔵に甘えて、俺はとうとう雷蔵の背中にしがみつく。それでも雷蔵は俺の方を向きはしない、でも引っぺがしたりもしない。ただ俺がそこにいることを当たり前に受け入れ、本を読み続けている。

雷蔵の体は暖かい。

ねぇ、雷蔵。

さっきからずっと雷蔵の背中に、そう呼びかけている。声には出さずに。
こんなに近くに雷蔵は居て、しかもこんなに触れ合っているのに。どうしてだかときどきこんなふうに無性に寂しくなる。
少しずつ寂しさが砂時計のように溜まっていくんだ。
これがすっかり溜まりきってしまえば、俺は声を出してしまうだろう。
雷蔵の邪魔をしてしまうだろう。
邪魔をして嫌われたくない。でも寂しい。こっち向いて、俺を見て、ねぇ、雷蔵。」

寂しさの砂、最後の一粒が心に落ちる。

「雷蔵」

思わず声が自分の声になる。
自分でもなかなかこの声を出すことがないので、自分でも少し吃驚する。
でもちゃんと小さい声で、雷蔵にしか聞こえないように言うあたり、ちゃんと自分で用意した声なのかもしれない。
雷蔵の声より、雷蔵の気を引けると計算しての俺の声。
俺は卑怯なやつだ。自分すらもそうやって欺けるような男だよ。

「…なんだい、三郎」

読んでいる本から目を離さずに、返事をくれた。
ほらね、雷蔵はこうやって俺の卑怯な計算にちゃんとひっかかってくれる。
俺のちっとも美しくないこの声に、反応をくれる。
それが俺は嬉しくて、結局雷蔵の邪魔をすることに決めてしまう。
…なんだか自分の卑劣さに涙が出そう。

「好きだ」

もう雷蔵には何十回、何百回と伝えた言葉が、今更まだ口から出てくる。当たり前だ。雷蔵に俺の言葉が伝わっている実感が持てないから。だから何度だって出てくるんだ。

「好きだよ、好きだ、雷蔵が好き、好きだ」

言いながらたまらなくなって、雷蔵の肩に顔を埋めた。雷蔵の匂いがした。
別に意地になってるわけじゃない。何度も言わなきゃいけないと思っているわけじゃない。
でも口から続けて出てくる。雷蔵がそれに答えてくれるまで、何度だって繰り返す。
雷蔵がどんな顔でこの言葉の羅列を聞いているのか、それを目にすることはあまりない。怖いのかもしれない。
ねぇ、雷蔵。君は俺のこの気持ちの深さを知らない。深いところにある闇を知らない。
それを知らない君なのに、それでも抑えきれない自分の欲が恐ろしい。
やっと逃げることから抜け出せたのに、たまに俺はぶりかえすようにこうやって君を好きな自分に押しつぶされそうになる。

「知ってるよ」

言い続ける俺の声を止める言葉を雷蔵はくれた。
でもそれはお為ごかしだ。
知らないくせに。俺がどれだけ君を好きかなんて。人生丸ごと君に捧げようと本気で考えているなんて。
俺のこれは狂気に近い。そんなこと、全然知らないくせに。
「…嘘だ」
まるで駄々っ子だと自覚しながら、それでも俺は雷蔵にそう言った。
雷蔵はまるで本から目を離そうとしない。
「どうして?そんなに言ってくれるんだもの、知ってるさ」
「わかってない、雷蔵は全然わかってない」
泣きたくなる。本当に。どうして?わからない。雷蔵、雷蔵、雷蔵。
抱きついた腕に少し力を込める。
ああ、どうしてわかってくれないの、雷蔵雷蔵。俺はこんなに君を好きなのに。

「馬鹿だな」

ぱたん、と本が閉じられた。
同時に雷蔵の体が、初めて俺のほうに向いた。
抱きついていたばかりだった俺の腕を振りほどいて、雷蔵が俺の首に抱きついてきた。
「うぐ」
変な声が出た。
ほっぺたがくっつく。ああ、雷蔵のほっぺた、やわらかいなぁ。
俺の面越しの肌はこんなに柔らかくはならない。
雷蔵の髪はいつもふわふわで気持ちがいいなぁ。
俺の雷蔵仕様の鬘はかなり気合を入れて作りこんでいるけれど、この瑞々しさはない。
なんだか人事のようにそんなことを考えた。
「わかってないのは三郎のほうだよ」

え?

ただ雷蔵に抱きしめられながら、雷蔵が言った言葉の意味を追いかけようとした。

冷たい風が俺の背中を撫ぜた。
雷蔵の形の良い顎が肩に気持ちよく乗っている。
雷蔵の言葉を追いかけたいのに、雷蔵の体の感触が気持ちよくて、そちらに気をとられてしまう。



「三郎、寒くはない?」

ふと雷蔵がそう言った。
「ん?」
「風が冷たいから」

こちらを向いて俺を抱え込んで、初めて風の冷たさに気が付いたのだ。ちゃんと風除けになっていられた満足と、雷蔵のその優しさが嬉しくて、思わず笑った。

「平気だ、雷蔵が暖かいから」

腕を雷蔵の背に回す。ぎゅうっと抱きしめると、体がぴったりとくっついて、なんだかとても安心した。
と、雷蔵が突然くすくすと笑い出す。
「なに?」
どうしたの?と問うと、雷蔵は面白そうに
「ううん、僕はずっと三郎と別の人間で居たいなぁと思って」
と言った。
「別の人間で?」
よく飲み込めずに問いかける。
「こうやってくっついてたら一つになっちゃいそうだと思ったんだ、けどね」
雷蔵は笑顔で俺を見て、続ける。
「でも三郎とひとつになっちゃったらこうやって三郎に触れることもできやしない」



なんてことだ。
こんな些細なこと、気が付かなかったなんて。
雷蔵、雷蔵、本当にその通りだ。
寂しさは別の人間だから感じるもの、でもきっとそれがあるから触れる喜びもある。
同じ人間になってしまえばなんてこれまでだって考えたことなかったけど
それは俺が君に触れたいから、触れて、見て、抱きしめたいから、伝えたいからだ。
寂しさはそれを享受するためのーーーー


「ひとつになんて、ならないよ」
俺は涙で揺れそうな声を必死で絞り出した。

「もし私が死んで、雷蔵も死んで、遠いいつか生まれ変わっても、私と雷蔵は別の人間で、他人で、そして」

雷蔵はひとことひとことゆっくりつぶやく俺をじっと見ていた。
俺も、雷蔵をじっと見ていた。

まっすぐ見つめて、その目に吸い込まれそうになりながら、

「「ずっと一緒にいるのだから」」

お互いの瞳からすい、と一筋涙がこぼれるのをお互いが他人事のように見ていた。
雷蔵の大きな目から涙が頬を滑る様は、まるで流れ星のようだと思った。
きれいだ。
作品名:青い光 作家名:一二三