二人の学級委員長
「いやー、庄左ヱ門を後継者にしようとしたんだけどな。庄左ヱ門もは組の仕事が忙しいし、あんな事態が起こって途中で中止になってしまった。やはりこういうことは気長にやるべきだろう。反省した」
「後継者、ね」
学園長先生の用事がそれだったと知って勘右衛門は密かに身を強張らせたが、閨の中で紡がれる言葉の中に想像していたような悲壮さは無い。
気だるさに包まれながらも勘右衛門が口を開く。心地良い疲労感に包まれた身体はすぐに意識を手放してしまいそうだったが、これだけは尋ねなければと三郎の顔をじっと見つめた。
「三郎」
「なんだ、勘右衛門?」
「誰かに跡を継いでもらいたい?」
自分の血を受け継いだ誰かに。自分の持ちうる全てを譲り渡したいと、三郎は願っているのだろうか。
なんとなく今日までぼかしてきた問題だった。直視するにはこの関係は脆すぎる。勘右衛門は下手をしたら、今このときに全ての関係が終わってしまうのかもしれないと覚悟を決めながら尋ねる。
けれど三郎はあっさりと、『いいや』と返した。
「学園長先生のご指示だったからこそ庄左ヱ門を選んだが、身につけたそれをどうするかは任せようと思う。生かすも殺すも庄左ヱ門次第だ」
だいたい、跡を継いでもらえるほど立派な人間でもないしな。茶化すような言葉の中に本心が混ざる。彼はまだまだ上を目指して精進する気であるのだと知った。
「……三郎、格好いいなぁ」
「ん?惚れ直したか?」
「した。伊達に変装名人と呼ばれちゃいないね」
「呼んでるのは一部の身内だけだからな。その程度で満足していては、就職した後潰れてしまう」
どこまでも貪欲に上り詰めていこうとする姿勢が眩しい。けれど勘右衛門は唐突に、負けるものかと思った。
気を抜けばすぐに置いていかれてしまうのはわかっていたが、更に努力を重ねなければ。技術だけでなく精神も鍛え、先を不安に思い揺れるこの弱さを捨てないと。
共には、いられない。
いつか絶対未来の話が壁として二人の前に立ちふさがる。その時に後悔のない選択をできるかは、いまの努力に懸かっているのだと気が付いた。
「おれも頑張るから」
「……無理するなよ」
「多少の無理はするよ」
言い切れば、お前はそういうやつだったと苦笑された。慈しむような柔らかさで彼の手が頭を撫でる。心地良さに溶けてしまいそうだ。
「勘右衛門」
「なに?」
「雷蔵や他の友人たちがいて、庄左ヱ門と彦四郎という可愛い後輩がいて、お前がこうして腕の中にいる。これ以上を望むなんて、バチが当たるというものだ」
「そうかな。……そうかもね」
でも自分は貪欲だから、この先もずっと彼と一緒にいたいと思ってしまう。今以上があるのだと心のどこかで思っている。それを手に入れるための努力ならばいくらだってしよう。
「お前と釣り合うような人間になるよ、おれ」
眠りに落ちる直前に呟けば、一瞬呆けたような気配の後で三郎が言う。
「ろ組の級長とい組の級長、釣り合いでいうならばっちりじゃないか」
それは確かにそうだといえるけど、そうじゃなくて。募る言葉は音にならなかった。触れ合ったところから伝わる熱が勘右衛門の意識を下へ下へと追いやってしまう。
「おやすみ、勘右衛門」
おやすみ、三郎。そうして目が覚めても目の前にいますように。
毎夜思うことを、今夜もまた思った。