destin ①
「ケンドーの試合?」
「あぁ。高校ン時の後輩に頼まれてな」
夕食時。
突然、明日は忙しいと口にした同居人に対し、サンジはすっとんきょうな声を上げた。
剣道という言葉の発音が僅かにぎごちないのは、彼がフランス出身のハーフだということをよく物語っている。
対する同居人ロロノア・ゾロは、湯気の立つ豪華な夕飯を口にかき込みながら答えた。
「そいつが大阪府警本部長とかいう警察のお偉いさんの息子でな。師匠のところで剣道習ってる奴らで親睦会みてぇなのをやるんだと」
「で、お前も来いってか」
「まぁ、師匠にも久し振りに会えるしな」
「ふーん」
素っ気ない返事をしたわりには腕を組みながら唸るサンジに、ゾロはようやく箸を止めた。
「どうした?」
「いやー、俺明日仕事入っちまってるからさ、誰とシフトしようか迷ってんだよ」
そういうサンジを見つめ、ゾロが僅かに首を傾げる。
「シフトなんてする必要ねぇだろ」
「あンでだよ。俺は一日中入ってんだぞ?抜けられるとしても小一時間ぐれーだし。試合ってのはそんな短時間で済むモンじゃねーだろ?」
パティあたりに替わってもらうか、と呟くサンジを他所に、ゾロは目を大きく開いた。
「来るつもりか?」
「たりめーだ。美しい婦警さんがたくさんいるんだろーなぁ」
うっとりとするサンジにゾロが冷たい視線を投げ掛ける。
「そんなこっだろうとは思ってたが…。師匠の道場は女人禁制だ。男だらけだぞ?」
「ニョニンキンセーって…うげ!今どきそんなのあるのかよ?」
「古くからのしきたりだからな。婦警は全部くいなのとこだ」
「くいなちゃんだと!俺そっちに行きてー」
ぷうっと頬を膨らませるサンジを尻目に、ゾロは溜め息をついた。
くいな、というのはゾロの師匠の一人娘だ。
現在25歳で、父親とは別に分家として道場を開いている。
これがまた剣道に長けており、中学、高校、大学と全国制覇。
成人となったゾロでも、手を抜けば瞬殺されてしまうほどだ。
幼い頃から絶対に勝てない、言わば姉のような存在のくいなを、やたら、可愛いだのなんだのと誉めたてるサンジの感覚が、ゾロにはさっぱり理解できなかった。
まぁコイツの場合、女全般にそんな反応するんだが。
もうひとつ軽い溜め息をつき、ゾロは口を開いた。
「別に仕事休んでまで来なくていいぞ」
「あー、ちょうど今ジジィから、たまには休めテメーは働きすぎだチビナスって言われててよ。明日はたいして忙しくねーから良い機会だ、観に行ってやる」
サンジが偉そうに胸を張った。
確かに最近忙しそうにしていたので、これもちょうど良い息抜きになるかもしれない。
「…まぁ、俺は構わねぇけどよ」
ぼそりと呟くと、サンジはおし、弁当気合い入れっか!と立ち上がった。
それから、ん?と首を傾げ、ゾロを振り返る。
「後輩の分も作ってやろーか?」
「あぁ、そりゃあいい。アイツも喜ぶだろう」
サンジの提案にゾロは直ぐ様頷いた。
後輩だけでなく、師匠や他の奴らにもサンジの旨い飯を自慢したい。
だが、自分の功績でもないのにそんなことを言うのは憚られ、ゾロは口をつぐんだ。
「俺から連絡しといてやる」
「あぁ。後輩ってのは一人なのか?」
サンジの問いにゾロは首を捻った。
「さぁな。誰か連れてくるかもしれねぇって言ってた気もする」
「はっきりしねーなあ」
嫌味ったらしいサンジの言葉に、ゾロは肩をすくめる。
僅かに眉をしかめ、そしてソファーに投げ捨てていたケータイを引き寄せた。
「るせぇな、聞きゃいいんだろ」
「おぉ、マリモにもようやく学習能力が備わったか!ついでに好物も聞いといてくれ」
「わかった」
ケータイを弄るゾロを見たサンジは満足げに微笑み、ゾロが綺麗に食べ尽くした夕食の食器を片付けるべく立ち上がった。
サンジがゾロを『マリモ』と呼ぶのは、ゾロの緑色をした短い髪の毛のせいだ。
フランスでマリモの存在を知り、さらにゾロの頭がどうしてもマリモに似ているらしく、出会った時からそう呼んでいる。
一方ゾロも、出会った時からサンジのことを『コック』としか呼ばない。
こちらは単に言いやすいのと、今更名前で呼ぶことがなんだか照れ臭いだけである。
カチャカチャとケータイを弄っていたゾロは、メールを打つことすら面倒くさくなったらしく、終には軽く唸って電話をかけ始めた。
皿を洗いながらサンジが苦笑する。
「ケータイいう文明の利器すら使えねーのか?」
「面倒なだけだ。……俺だ、今話せるか?…あぁ。……いや構わねぇ。明日は誰か連れがいんのか?」
皿を洗い終えたサンジは、ゾロの電話に耳を傾けた。
途切れ途切れにケータイから漏れてくる声のイントネーションが標準語と僅かに違う。
いわゆる、方言というやつだろうか。
そういえばオオサカとか言ってたなぁ。
「……わかった。あとお前ら、好き嫌いあるか?俺の連れが弁当作るらしい。……はぁ!?ンなワケねぇだろ!師匠ンとこは女人禁制だ。………あぁ、わかった。…じゃあ明日な」
ぶちっとケータイを切り、ゾロは軽く溜め息をついた。
サンジもそんなゾロを見て苦笑する。
会話の内容から、おそらく彼女でも連れてくるのか、と茶化されたのだろう。
残念ながらサンジは男だ。
「好き嫌いあるって?」
「いや特にないらしい。ひとり連れてくるそうだ」
「お!あちらさんこそ恋人じゃねーか?」
「ただの友達だとよ。かなり有名人みたいだが」
「有名人?」
サンジは首を傾げた。
「俺も知ってんのかな?」
「さぁな。まぁ、サインでも貰っとけ」
「男にゃ興味ねーよ」
わざとらしく顔をしかめて見せるサンジを見てゾロが苦笑した。
「ま、明日は弁当頼むぞ」
「おう、期待しとけ!」
互いに顔を見合せ、それからにししっと笑いあった。
「あぁ。高校ン時の後輩に頼まれてな」
夕食時。
突然、明日は忙しいと口にした同居人に対し、サンジはすっとんきょうな声を上げた。
剣道という言葉の発音が僅かにぎごちないのは、彼がフランス出身のハーフだということをよく物語っている。
対する同居人ロロノア・ゾロは、湯気の立つ豪華な夕飯を口にかき込みながら答えた。
「そいつが大阪府警本部長とかいう警察のお偉いさんの息子でな。師匠のところで剣道習ってる奴らで親睦会みてぇなのをやるんだと」
「で、お前も来いってか」
「まぁ、師匠にも久し振りに会えるしな」
「ふーん」
素っ気ない返事をしたわりには腕を組みながら唸るサンジに、ゾロはようやく箸を止めた。
「どうした?」
「いやー、俺明日仕事入っちまってるからさ、誰とシフトしようか迷ってんだよ」
そういうサンジを見つめ、ゾロが僅かに首を傾げる。
「シフトなんてする必要ねぇだろ」
「あンでだよ。俺は一日中入ってんだぞ?抜けられるとしても小一時間ぐれーだし。試合ってのはそんな短時間で済むモンじゃねーだろ?」
パティあたりに替わってもらうか、と呟くサンジを他所に、ゾロは目を大きく開いた。
「来るつもりか?」
「たりめーだ。美しい婦警さんがたくさんいるんだろーなぁ」
うっとりとするサンジにゾロが冷たい視線を投げ掛ける。
「そんなこっだろうとは思ってたが…。師匠の道場は女人禁制だ。男だらけだぞ?」
「ニョニンキンセーって…うげ!今どきそんなのあるのかよ?」
「古くからのしきたりだからな。婦警は全部くいなのとこだ」
「くいなちゃんだと!俺そっちに行きてー」
ぷうっと頬を膨らませるサンジを尻目に、ゾロは溜め息をついた。
くいな、というのはゾロの師匠の一人娘だ。
現在25歳で、父親とは別に分家として道場を開いている。
これがまた剣道に長けており、中学、高校、大学と全国制覇。
成人となったゾロでも、手を抜けば瞬殺されてしまうほどだ。
幼い頃から絶対に勝てない、言わば姉のような存在のくいなを、やたら、可愛いだのなんだのと誉めたてるサンジの感覚が、ゾロにはさっぱり理解できなかった。
まぁコイツの場合、女全般にそんな反応するんだが。
もうひとつ軽い溜め息をつき、ゾロは口を開いた。
「別に仕事休んでまで来なくていいぞ」
「あー、ちょうど今ジジィから、たまには休めテメーは働きすぎだチビナスって言われててよ。明日はたいして忙しくねーから良い機会だ、観に行ってやる」
サンジが偉そうに胸を張った。
確かに最近忙しそうにしていたので、これもちょうど良い息抜きになるかもしれない。
「…まぁ、俺は構わねぇけどよ」
ぼそりと呟くと、サンジはおし、弁当気合い入れっか!と立ち上がった。
それから、ん?と首を傾げ、ゾロを振り返る。
「後輩の分も作ってやろーか?」
「あぁ、そりゃあいい。アイツも喜ぶだろう」
サンジの提案にゾロは直ぐ様頷いた。
後輩だけでなく、師匠や他の奴らにもサンジの旨い飯を自慢したい。
だが、自分の功績でもないのにそんなことを言うのは憚られ、ゾロは口をつぐんだ。
「俺から連絡しといてやる」
「あぁ。後輩ってのは一人なのか?」
サンジの問いにゾロは首を捻った。
「さぁな。誰か連れてくるかもしれねぇって言ってた気もする」
「はっきりしねーなあ」
嫌味ったらしいサンジの言葉に、ゾロは肩をすくめる。
僅かに眉をしかめ、そしてソファーに投げ捨てていたケータイを引き寄せた。
「るせぇな、聞きゃいいんだろ」
「おぉ、マリモにもようやく学習能力が備わったか!ついでに好物も聞いといてくれ」
「わかった」
ケータイを弄るゾロを見たサンジは満足げに微笑み、ゾロが綺麗に食べ尽くした夕食の食器を片付けるべく立ち上がった。
サンジがゾロを『マリモ』と呼ぶのは、ゾロの緑色をした短い髪の毛のせいだ。
フランスでマリモの存在を知り、さらにゾロの頭がどうしてもマリモに似ているらしく、出会った時からそう呼んでいる。
一方ゾロも、出会った時からサンジのことを『コック』としか呼ばない。
こちらは単に言いやすいのと、今更名前で呼ぶことがなんだか照れ臭いだけである。
カチャカチャとケータイを弄っていたゾロは、メールを打つことすら面倒くさくなったらしく、終には軽く唸って電話をかけ始めた。
皿を洗いながらサンジが苦笑する。
「ケータイいう文明の利器すら使えねーのか?」
「面倒なだけだ。……俺だ、今話せるか?…あぁ。……いや構わねぇ。明日は誰か連れがいんのか?」
皿を洗い終えたサンジは、ゾロの電話に耳を傾けた。
途切れ途切れにケータイから漏れてくる声のイントネーションが標準語と僅かに違う。
いわゆる、方言というやつだろうか。
そういえばオオサカとか言ってたなぁ。
「……わかった。あとお前ら、好き嫌いあるか?俺の連れが弁当作るらしい。……はぁ!?ンなワケねぇだろ!師匠ンとこは女人禁制だ。………あぁ、わかった。…じゃあ明日な」
ぶちっとケータイを切り、ゾロは軽く溜め息をついた。
サンジもそんなゾロを見て苦笑する。
会話の内容から、おそらく彼女でも連れてくるのか、と茶化されたのだろう。
残念ながらサンジは男だ。
「好き嫌いあるって?」
「いや特にないらしい。ひとり連れてくるそうだ」
「お!あちらさんこそ恋人じゃねーか?」
「ただの友達だとよ。かなり有名人みたいだが」
「有名人?」
サンジは首を傾げた。
「俺も知ってんのかな?」
「さぁな。まぁ、サインでも貰っとけ」
「男にゃ興味ねーよ」
わざとらしく顔をしかめて見せるサンジを見てゾロが苦笑した。
「ま、明日は弁当頼むぞ」
「おう、期待しとけ!」
互いに顔を見合せ、それからにししっと笑いあった。