destin ①
「……ほな、さいなら~」
一方ゾロから連絡を受けた後輩、服部平次は、ちょうどファミレスで夕食をとっていたところだった。
その正面にはもちろん
「先輩、何だって?」
「いや~、明日の試合に連れは?て聞かれたもんやから、ごっつい有名な友達連れてきます~って伝えといたで」
「誰が有名人だ。それ言ったらテメェもじゃねーか」
「何言うとんねん!工藤の方が有名に決まっとるやないか!俺が有名なんは残念ながら関西だけや。自分は全国版」
「全国版って…。俺は新聞か?」
そう、かの名探偵、工藤新一である。
たまたま明日は暇だと平次に話したところ、警察関係者で剣道の試合があるらしく、なんなら観に来ないか、と誘われたのだった。
事実、明日は特にすることもなく、平次が心底尊敬しているという先輩を呼ぶということで、新一も好奇心を揺さぶられ行くことにした。
ファミレスにいるのは、明日の打ち合わせのためである。
「工藤は特に好き嫌いないやろ?」
「あぁ。…何でだ?その先輩が弁当でも作ってくれるのか?」
「らしいで。先輩の連れが、やけどな」
「それで彼女とか言ってたんだな」
「まぁな。『師匠ンとこは女人禁制や』って怒鳴られてもうた」
平次が肩をすくめる。
新一も僅かにその形の良い目を丸くした。
「この時代に女人禁制なんてあるのか」
「師匠ンとこはな。娘さんが男子禁制の道場開いとるみたいやけど」
「へぇー。てか部外者の俺が行っても良いのか?」
「構へんやろ。先輩も誰か連れてくるらしいしな。それに」
「それに?」
新一が尋ねると、平次はにんまりとした笑みを浮かべた。
「工藤と知り合いや~言うと、みんなびっくりするんや。あの工藤新一かいな、どうやって知り合ったんや?ってな。俺も鼻が高いんや!」
「何でテメェが鼻高々になるんだよ!チッ、そうやって騒がれんの嫌いだっつってんのに」
にまにましてる平次に一喝すると、新一は綺麗な顔をこれでもかというほど歪めた。
怒鳴られた平次が思わず苦笑する。
「あーあー、そないな顔すんなや。せっかくお袋さんからもろうた綺麗な顔が台無しやで?」
「るせぇ」
ぷうっと頬を膨らませ、新一はそっぽを向いた。
もと人気女優、工藤由希子の血を引く新一。
もう二十歳だというのに、そのような子供っぽい仕草さえ違和感を感じさせない整った顔をしている。
スッと通った鼻筋、大きく形の良い目、長い睫毛。
高校時代から僅かに長くなった髪は、艶やかな漆黒の光を放っている。
男とか女とかは一切関係無く、美しいという形容詞がぴったり当てはまる人物。
それが工藤新一だった。
パーツのひとつひとつがまるで芸術品であるうえに、そのバランスさえも絶妙なのだ。
新一が嫌がるのであまり口にしないが、性格はともかく、口さえ開かなければこの容姿は世界共通の芸術だと平次は内心思っている。
それゆえ、探偵としても超一流でモデル顔負けの容姿を持つ新一には、熱狂的なファンも多かった。
一般的な女性はもちろん、たまに犯罪めいたことまでしでかす女や、更には男のストーカーまで。
今日の様に外食するときは、必ず人の少ない店を選んでいる。
「なに見てんだよ。見物料取るぞ」
「何でそうなるんや!ちーっと見とっただけやないかい!」
「男に見られて嬉しいはずねぇだろ!キモチ悪ィ」
目一杯悪態をついて見せる新一に、平次は肩をすくめながら苦笑した。
確かに容姿は素晴らしい。
だが、この口の悪さとひねくれた性格は別として、である。
持ち前の演技力で他人には愛想よく振る舞っているが、ひとたび古くからの知り合いばかりになると態度が急変。
さっきまでの笑みはどこへやら、なのだ。
「ホンマええ性格しとるな~、自分」
「褒めても何も出ねーぞ」
「誰が褒めとるかい!」
それでも平次は、気を遣われるよりましだ、と思っている。
自分は、新一が感情をそのままぶつけることのできる数少ない人間のうちに属しているのだ。
それだけ信頼されているということなのである。
高校の時からずっと憧れていた人物と、こうやって言い争ったり笑い合ったり、共に時間を過ごすことができる。
平次は全く奇跡のようなこの瞬間に、ただただ感謝するばかりだった。
「とりあえず、明日は俺が迎えに来るさかい、ちゃんと起きとれよ?低血圧のまま機嫌悪うなられたらたまらんわ」
「わーったよ」
新一はかったるそうに片目だけ目蓋を開けた。
なんだかんだ言いつつ、新一も平次のことはかなり気に入っているのだ。
そうでなければ、わざわざ人の多い場所に出向くわけがない。
人当たりが良く、面倒見も良い平次は、新一とは違う意味で人を惹き付ける。
誰にたいしても嫌な顔をせず、普通に接することができて。
かといってそれは、他人のご機嫌取りや自分の体裁のためでもなく、ただ当たり前の様に自然に振る舞っているだけ。
常に人から見られ、いつの間にか他人には愛想笑いを振りまくようになった新一には、羨ましくてしょうがない。
新一にとっても、平次は憧れの存在なのだ。
明日は平次が尊敬しているという先輩に会うことができる。
平次が憧れているのだ、悪い人ではないだろう。
新たな人との出会いに、微かな不安と期待を抱きながら、新一はすっかり暗くなってしまった外へと視線を移した。
つられて平次も目を向ける。
―――明日が、まるで奇跡の様な僅かな確率で、どれほど素晴らしく貴重な日になるということを、まだ誰も知らない。