Aに救いの手を_サイレント・キーパー(仮面ライダーW)
自分が守ろうとした街の人々が、自分の思惑どおりに超人になったのに汚い犯罪を犯している。
「な、何故・・・・・・?」
予想外のその姿に宮部はうろたえる。
「・・・・・・何度でも言ってやる。ドーパントは、お前の考えているような万能の超人なんかじゃないっ!」
度重なるダメージでよろよろになりながらも立ち上がろうとする真倉。
痛みに耐えながら、脂汗を流しながら言葉を続ける。
「確かにドーパントの力は凄まじい。それは俺にもよく分かる」
何回もぶっ飛ばされてきたからな、と自嘲気味に真倉は言う。
「しかし、ドーパントになったそのほとんどの人間がその強力な力に心が飲み込まれてしまうのだ」
「心、だと・・・・・・・?」
まだ混乱のなかにいる宮部は真倉の言葉を返すので精一杯だった。
真倉は宮部のオウム返し、そうだ、と頷く。
「その人の意志が強いとかそういうのは関係ない。どんなに堅い意志であっても、絶えずドーパント化し続ければ必ず飲み込まれる」
それが、ガイアメモリ。
それが、宮部たちが半生をつぎ込んで研究した、悪魔のアイテム。
真倉は図らずも宮部の心が誤魔化していた事実にストライクをぶち込んだ。
「・・・・・・・」
愕然とする。
不安が頭を過ぎる。
鋼鉄の意志によって支えられた宮部の思考のどこかに、少しずつ、小さなヒビが入るような危うい感覚。
「ドーパントになるっていうのは、それだけで人の尊厳とか、そういう大事なものが消去されていくのと同じことなのだ!!」
相変わらず脂汗を浮かべながら語る真倉。
「・・・・・・」
宮部は考える。
正直、この青年の言葉だけでは納得できない箇所が多い。
理屈は穴だらけ、ほとんどの言葉が自分の経験則から考えられた不確定な推論。
宮部総一という男は根っからの研究者でありその性格は理論至上主義。それ故に道理に合わないことは信じない。
もし彼と書面の報告書や電話での簡単な会話だけで今の話をしていたら、宮部は途中で真倉の話を打ち切っていたことだろう。
しかし。
(・・・・・・それじゃあ、その尋常じゃない脂汗は一体なんなのだ?)
宮部はそれを単に痛みのせいで噴出しているものだと勘違いしていたが、実はそうでないことを理解する。
よく見ると、体は小刻みに震え歯の根も合っていない。
すなわち、この真倉と呼ばれる刑事は怯えているのだ。
宮部を説得するとかそういうのではなく、純粋にドーパントという存在に戦慄し、嫌悪し、絶望しているのだ。
何度打ちのめしても諦めずに立ち上がってくるのは、自信や余裕といった正の感情ではなく、恐れや焦りといった負の感情。
では何に怯えているのか?
ドーパント化した宮部か? いや違う。
彼に怯えているのであれば、彼の神経を逆撫でするような発言はしないはずだ。
では何に?
決まっている。
彼の言動が真実心からの発言であるのならば、彼は街の住民がドーパントになることに純粋な恐怖心を抱いていることになる。
今この真倉俊という男を動かしているのは、安っぽい正義感などではなく、この現象を止めなくてはいけないという脅迫にも似た責任感だ。
詰るところ、彼の言っていることは、嘘でも適当でもなく心の底から信じている事実なのだ。
ドーパントは危険だ、と。
もし仮に全世界の全生物がドーパント化して、物理的に誰も傷つかなく、生体的に誰も苦しまない世界が訪れたとしても、先ほどのような欲望に支配された行動を強制される世界では、生物としてのモラルはそこには存在しない。
ただ己の欲望を貪るだけの化物に成り下がる。
「・・・・・・早く、こんなのは、ヤバすぎる。・・・・・・早く、なんとか、しなくては・・・・・・」
相変わらず脂汗を流しながら街の風景に恐怖する真倉俊。
「・・・・・・」
宮部は知らなかった。この目の前の男が自分の部下を自力で倒したことを。
宮部は知らなかった。この目の前の男は、この場にいる誰よりも臆病者だということを。
そして、宮部は知らなかった。この目の前の男が凡人でありながら二度も超人を倒したのは、その純粋な恐怖心からだということを。
真倉という男はなけなしの勇気を絞り出してドーパント化を止めるように宮部にドーパントの危険性を必死に説いているにすぎないのだ。
「し、しんぷさま・・・・・・」
突然、か細い第三者の声が聞こえた。
子供だった。
宮部がこの教会の神父として接している女の子。
彼女もアークメモリの銀の煙への耐性が高く、確実に生き残れる体質の持ち主だったので、宮部は説得して、下の礼拝堂で比較的簡単な実験にのみ協力してもらっていたのだ。
どうやら薬が切れて目が覚めたら天井から宮部の声が聞こえたので自力で登ってきたらしい。
しかしここは廃工場の屋根。
いくら備え付けの梯子があるからといって、子供一人で上ってこれるようなところではない。
ではどうやってここまで来れたのか?
そんなもの問うまでもない。
「あつい、よう・・・・・・」
みるとその右腕はそのか細い印象には程遠いエビやカニの甲殻で覆われていた。
この子も宮部の銀の煙の影響を受け始めていたのだ。
「し、しんぷ、さま・・・・・・」
何故進化した超人体になっている宮部をみて、いつもの神父だと思ったのかはわからない。
ただ、その女の子は目の焦点が定まらず、びっしょりと汗をかき、意識も絶え絶えだったということはみてとれた。
「・・・・・・しん、ぷ、さま」
うわ言のように宮部を呼ぶ女の子。ついには足がもつれ倒れそうになる。
「!!」
宮部は慌ててその子を抱きとめる。近くでみるとよく分かるが呼吸は非常に浅く顔は本当に血液が通っているのか疑わしいくらいに白い。
「・・・・・・しん、ぷ、さま、・・・・・・はぁはぁ・・・・・・あ、あつい、あついよぉ・・・・・・」
そう訴える女の子の身体はどこまでも冷え切っていた。
「・・・・・・・っ!」
宮部総一は根っからの研究者だ。
私情に流されず客観的にこの状況を分析し、さらにそれを噛み砕いて解析し、自分のなかの最高の解答を導き出そうとする。
「・・・・・・・」
しかし、一向にその解がはじき出せない。
いや、正確には答えは既に出ているが、それが口から発声されない。
「・・・・・・・」
宮部は理解してしまった。
この男が言っていることが全て真実であり、自分が反論する余地が見当たらない、ということを。
理屈で、頭脳で理解できてしまった。
自分が今までやってきたことは全て間違い。
全て、無駄だったと。
「・・・・・・しかし、」
しかし。
「では、一体どうしろと言うのだ!?」
しかしそれは、心で納得したという意味ではない。
「私が間違っているということは、分かったさ! ああ、頭で理解できたとも!!」
宮部は膝をつき頭を抱える。
「しかし、私はどうすれば良い!? これしかなかったんだ!! これが全てだったんだ!! これだけ信じ、これだけに賭け、これに己の半生をつぎ込んで来た!!」
それは己の正義を信じ今まで貫いてきた男の慟哭。
一つの可能性のみを徹底的に追求してきた科学者の末路。
「これ以上、私に何ができるというのだ!!」
吐き捨てるように、今まで食い縛ってきた弱さをさらけ出すように、宮部は頭を抱えて叫ぶ。
作品名:Aに救いの手を_サイレント・キーパー(仮面ライダーW) 作家名:ケイス