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あの夏、あの日、僕たちは 2

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「冷たい、な」
「っ……」
 じ、と、身長差のせいで上目遣いにこちらを見つめられる。しかしその眼差しは、決して愛玩動物のような可愛らしいそれではない。むしろ、逃がさない、と獲物を捉えようとする、獰猛な、肉食獣のような視線。
(あ……)
 そう、逃げられない。彼に誤魔化しは、効かないのだ。
「……うん。」
 半ば泣きたくなるような気持ちで、千歳は頷いた。
「血色、悪なってるやん。冷たい。」
「うん……うん、冷たかね」
「全部全部、言えばええんや」
「うん」
「吐き出せばええんや」
「うん」
「白石かて銀かて、……俺かて。練習でも相談でも、いくらでも付き合うたるから」
「うん」
「怖い、て。不安や、て、言えばええんや」
「……うん」
 血の巡りが悪くなり、指先の温度が下がる程。睡眠すらも常のように取れず、早くに目が醒めてしまう程。思考が様々な場所に飛んでしまう程。集中なんて、到底出来ない程。
 千歳は自分でも気付かぬ内、今日の試合に緊張していた。
 自覚をすれば、途端に心臓が早鐘のように脈打って、血液が送り出される傍から、熱くなるべき筈の身体はひんやりと冷たくなっていく。喉が渇きを訴えて、強く握られている筈の指先の、細かな震えが止まらない。
「謙也くん」
「うん」
「……怖か」
「……うん」
 暖かな、いっそ熱いぐらいの謙也の肌に、吐息に、こうして触れたところで、千歳の体温は戻らない。強く、しかと握られたところで、謙也の温もりが千歳に移ることはない。
「大丈夫やから」
「怖い」
「うん」
 それでも冷たい指先を温めようとする謙也が、自分でも自覚しないまま上手く隠していた筈の本心を容易く見つけてしまう謙也が、千歳は。
「……怖い、よ」
 千歳は、矢張り恐ろしかった。


 どれだけそうしていたのか、時間にしたら大方ほんの数分の出来事なのだろうけれど。我に返った千歳は、慌てて繋がれた手を振り払った。
「す、すまん」
「え?」
「その……こぎゃん、情けなか」
「あー、構へんて」
「……ありがとう」
「……ん」
「謙也くん」
「ん?」
 どうしようもなく、今この瞬間、子供のように泣き出したくなった。目の前の人物に、泣いて、甘えて、縋りたくなった。

(ばってん、駄目だ。駄目。嫌だ。嫌だ、嫌だ。泣きたくない)
「……何でもなか」
「そっか」
(まだ、泣けん。)

 つん、と鼻の奥に上がってきた、苦いものを唾と一緒にごくりと嚥下して、千歳はそっと目を閉じた。

 8月19日、午前7時10分。試合開始まで、あと1時間と50分。




(君の表情も、君の声も、君の頬の紅さも、吐息の熱ささえ。)
(君の表情も、君の声も、君の手の冷たさも、小さな震えさえ。)

(あの夏、あの日、あの風とあの時の君を。僕は今でも、覚えているよ)