二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【ひかちと】ピーターパン・シンドローム

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
大怪我をした時よりも、小さな棘が指先に刺さった時の方が、痛みは小さな疼きとなって、永いこと身体を苛むものとなる。

 世間一般で言うところの「強豪校」と呼ばれる学校の運動部に所属しているのだから、入部したその日から、生傷が絶えたことなんて一度も無い。打ち身だって擦り傷だって最早慣れっこで、押せば筋肉にまで鋭く響く青痣も、転んで削れた膝小僧も、潰れて膿の出て来る掌のマメも、今更顔を顰めるほどのものじゃない。
「……痛、」
 この瞬間財前を苦しめているのは、小さな銀色の粒が放つ、怜悧な光である。
「財前?」
「……どうして、」
 褐色の、意外と柔らかな耳朶の片方だけを彩るそれ。
「財ぜ、」
「どうして、付けないンすか」
 ちくちくと胸を射抜く光から逸らした視線は、彼の住まいとなっている寮に備え付けとなっている勉強机の上に鎮座されている、耳で煌めくそれとは別の粒に注がれた。
「おんなじようなモン、選んだつもりやったンすけど。デザイン、あかんかったンすか」
「あー……」
 財前の見つめる先が、つい一週間ほど前、デートと言う名の散歩時に「片耳だけピアスとか、そんなんしとるから妙な誤解されて部長とか部長とか部長とか部長とか謙也さんとか謙也さんとか謙也さんやらにセクハラだの言い寄られーのするンすわ」と突如として買い与えられたピアスであると知った千歳は、何ともいえない感嘆詞をあげ気まずそうに苦笑した。
(また、笑って誤魔化されとる)
 たった一歳しか変わらない年上の恋人は、実年齢の割にずっと大人びた少年だった。
 194cmという規格外な長身のせいのみならず、彼の醸す雰囲気はいつだって一枚の壁に覆われていて、彼の浮かべる表情はどれも一枚の仮面を貼り付けたように穏やかで、整っていた。おっとりとして人当たりも良いけれど、物事に対しても他人に対しても、「諦め」が早い。苦手な相手も嫌いなものも、「しょんなかね」の一言で差し障りなく接し、そしてそのまま徐々に距離を空け、二度と近付こうとはしないのだ。愛想良く見せかけて、その実冷静で、存外冷たい。千歳千里は、そんな少年だった。
(身体も顔付きも、中身まで、どっか一個ぐらいガキくさいところがあったって良えやろに)
 キスだってセックスだって、身長差こそあれど攻めたてるのは財前だ。けれど財前は、それで自分が彼を包み込んでいるだとか、彼より優位であるだとか、そんな風に思った事は一度もなかった。
 感じる思いは、ただ「受け入れられている」ということ。まるで親が子供の我儘をはいはいといなすのと同じように、千歳は、財前が「したい」と思ったことを、させてくれている。
(……くそ)
 彼と共に過ごせば過ごすほどに、財前は自分の幼さを、まざまざと見せ付けられるのだ。

 何も、千歳が片耳にだけ意味深にピアスをしていたから、という理由で白石や謙也が彼に惹かれたのではない。そんなことは、日頃彼らが千歳に送る真剣すぎる眼差しで嫌という程分かっていた。
 駅ビルの雑貨屋で見つけた安物のピアスを与えたのは、彼が「自分のもの」だと、自分自身に、彼らに、周囲に知らしめるためだ。
(ほんま、ガキみたいな顕示欲と、独占欲)
 けれどどういう訳か、彼は決してそれを身に付けようとはしてくれなかった。
「別に、気に入らんかった訳じゃ無かよ」
「……今つけとるモンが、どんだけ大切なモンかは知りませんけど。いらんのやったら、貰ってくれんでも良かったのに」
 期待と願いを込めて送ったものを置いたままにする彼に、自分でもわかりやすい程機嫌が下降していく。そうして胸中で渦巻く苛立ちはますます自身の未熟さを認識させるばかりで、財前は、自分ではどうすることも出来ない焦燥の悪循環に陥っていた。
「すんまっせん。けど、いらん訳でもなか。そんだけは信じてほしかよ」
 困ったように笑うだけの千歳に対し、感情のまま言葉をぶつるのは簡単だ。けれどそれをしてしまえば、自分の幼さを今以上に彼に露呈させるだけなのだと、漏れ出そうになる悪態は唇を噛むことでぐっと堪えてみせた。
「……も、良えっすわ」
 どろりとした暗い感情を言葉と共に吐き出せば、それは重たい溜め息となり空気を震わせる。そんな財前の様子を見ても尚、千歳はその太く凛々しい眉を下げて笑うばかりだった。
「財前は、ほなごつ優しかね」
「先輩」
「ん?」
「シたい」
 激情は、劣情をぶつける事で発散させる。
 それは千歳と付き合い始めてから覚えた、己の宥め方だ。「大人」である彼に苛立ちをぶつけたところで、「所詮子供の癇癪」と、自分だけが惨めになって終わってしまう。そう理解しきっているからこそ、千歳が唯一縋ってくれるセックスで、財前は──優位にはなれずとも、せめて──「対等」になろうとする。
「財前」
「抱かせて」
「……良かよ」
 財前の唐突な申し出に一瞬だけ驚いたような表情を見せた彼だったが、それもすぐに穏やかな笑顔の仮面が覆い隠された。

 受容され、誤魔化され、甘やかされる。

 それがやっぱり面白くない財前は、やり場のないもどかしさを欲望に変え、千歳の細い体躯の、熱くきつく柔らかな内側に、何度も、何度も精を放ったのだった。



 事が終わり皺だらけになった衣服を整えて、未だ何も身に付けていない(着替える力も残っていない)ぐったりと弛緩した身体をそっと撫でれば、一度快楽の波に溺れてしまった敏感な肌は夢うつつにも関わらず、ひくりと小さく震えた。何度となく吸い、舐め、食んだ唇から甘やかな吐息が零れる。
 そうして懐くように掌に擦り寄られて、財前は、(やっぱりセックスしとる時と終わった後のこの人の方が良えなあ)と、ぼんやりと考えていた。
「先輩、先輩」
「ん……?」
「俺、そろそろ帰りますわ」
 今のこの人ならば、さみしい、と子供のように引き止めてくれやしないか。そんな淡い期待は、けれどもすぐに
「ん……もう遅いけん、気をつけて帰りなっせ」
という、むにゃむにゃとくぐもってはいるものの、何とも冷静かつもっともな別れの言葉に、いとも容易く覆された。のぼせた頭が、スッと冷えていく。
「……明日、ちゃんと部活来てくださいね」
「んー……」

(結局、こんないっぱいいっぱいンなって、欲して、想っとんのは、俺だけなんや)

 しかしその事実をこうしてまざまざと突き付けられたところで、財前には彼を嫌うことなど到底出来なかった。

(我儘で無力な「子供」は、 大人が居なけりゃ到底生きていけんのや)

「あんたが来んと、俺のせいやって部長から叱られるンすわ」
「間違いでは無かとやろ、腰痛いけん、明日動けるか分からんばい」
「待ってますから」
「……何ね、利かん坊」
 聞き分けのない子供の言葉に、ふふ、と秘めやかに空気を震わせ笑う大人。
 いたたまれなくなって、財前は己の幼さに感じた羞恥を無表情の下にひた隠し、立ち上がって背を向けた。
「……ほな、失礼します」
「財前」
「……はい」
「また明日」
 とろりと眠たげな声、けれど財前の我儘を受容するかのような約束の言葉。もしかしたら、彼もやっぱり自分に会いたいと、そう思ってくれているのかもしれない。僅かな希望を見出して、思わず振り返る。