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【ひかちと】ピーターパン・シンドローム

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(……何やねん)
 しかし千歳の意識は半ば眠りの淵にあるようで、二重の線がくっきり浮かぶ瞼は、財前を見ることも無くしっかりと閉じられていた。
(何処までも、余裕かい)
「また明日。……おやすみなさい」
 声を掛ければ、疲れきっているのだろう、んぅ、という返事にもとれぬ反応の後にはもう、深い呼吸音が繰り返されるばかりだった。
「所詮、あんたにとっちゃ俺もコイツも、取るに足らんモンってわけや」
 勉強机の上で鈍く光る銀色の粒を、そっと手に取り、スラックスのポケットに押し込む。
「……ま、しゃーないっすわ」
 こんな物で、彼を縛ることなど出来る筈も無かったのだと、財前は静かに部屋を後にした。

胸元から苦い何かが込み上げて、鼻先がツンと痛む事実など、気付かぬ振りをする。せめてもの、プライドだ。





 また明日、確かに彼はそう言った。
 また明日、確かに自分もそう言った。
「何や、千歳はまたサボりか」
「今日は一日来んかったらしいで」
 活動前の部室内、同じレギュラーである少年たちのさざめきに、財前は、千歳が登校すらしていないことを知った。今日は擦れ違わへんなあと呑気に思いこそすれ、学年が違えばそうそう偶然に会うことも少ないのだから、そこまで気には止めていなかったのだ。
 二人が「恋人」という間柄であることを、付き合い出した当初根掘り葉掘り聞いてきたチームメイトたちは、何やらにやにやといやらしい笑みを浮かべたり、苦虫を噛み潰したような顔をしながら此方を伺っていた。
「学校ある日は程々にしとき、って言うた筈なんやけどなあ」
 後者の表情を浮かべる内の一人である、この部の中心人物である少年がわざとらしい溜息を吐く。刺さるような彼の視線を背に、部活動終了後、財前は学生寮へ向かった。

 千歳千里という少年は、確かに自由気儘で奔放で、野良猫のような少年だったが、約束を反故にしたり、自分から言ったことを撤回するような性格ではない。ふわふわとしているけれど、妙なところで非常に男らしい彼なのだ。
(何かあったんやろか)
 足取りは自然と速くなり、寮に辿り着く頃には知らず全力疾走していたらしい。強豪と呼ばれる運動部に所属している筈の財前の息は、すっかり上がっていた。

「……っ先輩!」
 叫ぶような声は、意図せず自ずと出たものだ。
 どんだけ余裕無いねんカッコ悪い、常ならば舌打ちと共に胸中で吐き捨てる言葉も、部屋中のもの全てが引っくり返されたかの如く乱雑に散らかった室内を前に消え去った。
「なっ……」
 決して潔癖という訳ではないが、意外にもA型の彼は普段ものぐさな割り、清掃に関してはその気質を遺憾無く発揮させる。財前の知る彼の部屋は、いつだって整理整頓がされていた。
(まさか、空き巣?)
 それ程までに荒れ散らばった部屋の真ん中、ひょろりと細長い身体がぺたりと座り込んでいた。
「先輩……っ?」
 呼びかければ、広い肩がびくりと揺れる。
「どうしたンすか、これ……何が、」
「……どぎゃん、しよう……」
 肩の主からぽつりと吐き出された声は、初めて聞く、消え入りそうなまでに弱々しいものだった。
「千歳先輩?」
「どぎゃんしよう……っ」
「っ……!」
 思わず息を飲んだのは、肩越しに振り向いた彼の表情が、心細げにくにゃりと歪んでいたからだ。ふっくらとした唇が、への字に下がって噛み締められていたからだ。眦の少しだけ上がった、切れ長の黒い瞳に、ゆらゆらと水の粒が浮かんでいたからだ。
 今にも泣き出しそうな幼い表情を、初めて目の当たりにしたからだ。

 まるでそう、子供のような。

 何とも頼りない、情けない顔のまま、「俺、俺、」と、それこそ幼子の如く拙く言葉を紡ぐ、いつもと様子の違う彼がどうしようもない程いじらしい。財前は、千歳の前に回り込むと、そっとその薄い身体を抱き締めた。
「財、前っ……」
「どないしたンすか。ゆっくりで良えから、教えてください」
 落ち着かせるため耳元で低く囁くと、抱いた背中が一瞬ぴくりと強張る。
「先輩」
 緩々とその背を撫でると、直ぐにこくっと喉が鳴り、怖ず怖ずと口が開かれた。
「俺っ……」
「はい」
「俺っ」
「ん」
「俺、……財前がくれたピアスっ……無くしてしもたと……っ」
「え?」
 予想だにしなかった言葉に自然と上がった声は、千歳を怯えさせてしまったらしい。
「……すまん」
と吐息混じりの小さな呟きがした直後、彼の瞼が当たる財前の肩口がじんわりと湿っていった。
「せんぱ、」

(泣いて、る、)

 あの、千歳千里が。あの、自由気儘で風のような、千歳千里が。飄々として、余裕たっぷりで、いつだって大人びている、千歳千里が。

 ピアスを無くしたと。財前が贈った、あのピアスを無くしたと、謝りながら泣いている。

「俺があげた、ピアスて、シルバーの、」
 あまりの衝撃に、半ば呆然とした頭のままで問い掛ければ、ん、と頷く大きな子供。
「ずっと、机の上にあったヤツ、っすよね」
「……いつも、すぐ分かるようにしとったけん」
「は……え、」
「いつでも見られるように、置いとったと」
 カアッと音を立てる勢いで、頬が熱を持つのが分かった。
「な……んで、付けなかったンすか」
「……無くしたら、嫌やったけん」
「付けて、くれんかったのって、……それが、理由……?」
 問えば、大きな身体を無理くり縮こませて肩に顔を埋める千歳が、こくんと頷いた。
「嬉しかったけん。……財前からの、……初めてのプレゼント」
「っ……」
「……めちゃくちゃ、嬉しかったけん。……もったいなかち思って、……やけん、付けれんかった」
 いやに喉が渇きを憶え、ごくりと唾液を飲み込んだ。
「そんで、……そんで、部屋、こんな……ひっくり返して……?」
「……」
「先輩」
「……無くす訳、なかよ……」
「は、い」
「財前が、くれた物……」
「うん」
「失くす訳、絶対なかもっ……」
 指先が、かたかたと細かく震える理由は、分かりきっている。
「……財前が、くれたのに」

 歓喜、だ。

「だって、俺っ……」
「はい、っ……」
「財前こつ、どぎゃんすっこともできんくらい、好いとうも……っ」

 ピアスを付けない理由も、いつも緩やかに笑っているのも、口数が少ないのも、何もかも。何もかも、自分への想いと、緊張が故なのだと、財前は知る。

(ああもう、この人は……っ!)

「……も、良えっすから」
「財前っ……」
 細い身体を抱く腕に、ぎゅうと力が籠る。
規格外の身体を縮こませ、不安げに名を呼びながらぐずぐずと鼻を啜る千歳の様は、間抜けているし格好もつかない。けれどそんな彼が

(めっちゃ可愛え……っ!)

 いじらしくて、仕方が無かった。
「財前……っ?」
「良かった」
「え……?」

 千歳も、財前と同じく精一杯背伸びをしているだけの、格好つけの、ただの子供に過ぎなかったのだ。

「先輩が、俺のこと好きすぎてしゃーないってこと、よう分かりましたから」
「……え、……っな、え、」
「……真っ赤っすわ」
「ばっ……馬鹿にしとっとや……!?俺はほなごつ真剣にっ、」

 小さなピアスの一粒に翻弄される、愛を乞うのに必死な子供。

「千里」