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ブライトさんの依頼で赴いた場所は、昔からの外国人居留区の一角だった。
周囲の家屋敷は一軒一軒が広い敷地を有しており、緑にあふれた異国情緒たっぷりな観光名所でもある。
そんな中に、ぽつりと廃墟の様相を示す館があった。
「へ…へぇ〜〜。こりゃ、カイさんからの情報通り、幽霊屋敷って噂が流れてもしょうがない…よな」
俺は目の前に建つ屋敷のおどろおどろしさに顔が引き攣った。
鉄で出来た堅牢な門扉。
敷地をぐるりと囲む、高さ3mはあろうかという塀。
門扉からは館の二階部分と尖塔っぽい屋根が見えるばかりで、全容が窺い知れない。植物が生い茂りすぎているのだ。
昼日中の明るい日差しが、この屋敷にだけ差し込んでいない様に見える。
「設計図的に見ても、この門から屋敷の玄関まで100mはありますよ。ファサードとしては一般的でしょうね」
「一般的?! 100mが?! 俺の自宅なんて、玄関開けたら反対側まで見渡せるよ?」
「平屋の日本家屋なのに、アムロが置くものが多すぎるからって、壁をぶち抜いてしまったのだから、当然でしょう?」
「うっ!…それを言われると…。でも、この広さは一般的なんだ?」
「外交官の官邸としてなら当たり前みたいね。さて、ここで問答していても仕方ないから、さっさと入りましょう」
ララァはそう言うと、ブライトさんから預かってきた鍵で門扉を開けた。
ギッギギィィ〜〜
錆付いた門扉は、ホラー映画の効果音さながらの音をたててじりじりと開いた。
「俺…さぁ、何だか、嫌な感じがするんだけど…」
「大丈夫よ。霊的なものは感じられないから」
ララァがあっさりと告げてくれた。
いつもなら「なんだぁ〜。あ、そっ!」とケロリと出来るのだが、今回ばかりは胸騒ぎが収まらない。
胸から背中をさわさわと触られているような、妙な感覚が一足踏み出すたびに強くなってくるのだ。
「なぁ。ほんとに、ほんと〜〜に霊的なの、無いんだよね? 信じて良いんだよね? いや、別にララァの能力を疑ってるわけじゃないんだけど、何だか、今回に限って、胸騒ぎっていうか、不快感が消えないんだ」
「あら、珍しいわね。アムロがそんな事言うなんて。確かに霊的なものは皆無よ。それでもアムロが何かを感じるって言うなら、磁場か何かが歪んでいるのかも」
ララァはそう言うと、俺が背負っていたバッグから計測機械を取り出した。俺も赤外線探査装置を取り出し、玄関へと歩きながら検査し始めた。
意外な事に、機械を取り出して計測を始めると、胸騒ぎが幾分落ち着きだす。
“先入観、強すぎたのかな”
俺達は計測しつつ屋敷の玄関へと足を進めていった。
小さな噴水が車寄せの前にある。その噴水の中にも枯葉がうず高く埋まっており、ホラー観を高める。
木製で出来た両開きの玄関は、俺の身長の二倍はありそうな高さで行く手を遮るようだ。
「ここまでは、なにも異常な数値は出ていないわ」
「俺のほうも同様」
「という事は、屋敷の中に問題があるって事かしら?」
「入るの躊躇うような事、言わないでくれよ」
「入ってみなくちゃ判らないでしょ? 本当に、今日のアムロはおかしいわ。いつもの大胆なアムロは何処に行っちゃったの?」
ララァはそう言うと、鍵束から金色で出来た大きく複雑なつくりの鍵を取り出し、玄関の扉に挿し込んだ。
ガチッ
玄関の鍵もいくらか錆びていたのか、重い音を立てて開錠した。
「うっんせっ!」
俺は掛け声をかけて扉を開けた。
湿ってかび臭い空気が中から溢れ出してきた。
「うっへぇぇ〜」
「せめて、定期的に換気して下さっていたら良かったのに。どれだけの期間、人の出入りが無かったのかしらね」
「昼間に来て良かったよ。窓からの日差しで気が紛れる」
「真っ先に、片っ端から窓を開けて行きましょう。いらない菌やら黴に感染しそう。そちらのほうが重大な問題よ」
「超現実的な御指摘、ありがとう」
俺達は手近にある窓から、手当たり次第に開けていった。
挿し込む日差しに、ホコリが舞い踊るのが見える。
「マスク! マスク!!」
俺はバッグからウイルス不透過性99.99%という高性能マスクを取り出すと、ララァに渡してから自分も装着した。
「こりゃ、帰ったら速攻でシャワーだな」
「そうね。お洗濯もしなくちゃ。…って! 磁場に変動があるわ!」
いきなりなデーターの変化に、俺たち二人は驚いた。
「何処だ?!」
「えっと…。ちょっと待って。方向性をはっきりさせるから」
ララァはそう言うと磁場計測器を上下左右にゆっくり動かしてはセンサーの強弱を見極める。そうして、高く出る方向へと足を進めた。
俺の赤外線には何も異常は見られない。
「やはり、磁場のゆがみが原因だったのかな」
「だとしても、20数年前にいきなりって言うのはおかしな話だと思わない? 元々、磁場に狂いが生じている土地なら、建設当初から問題が発生していても不思議はないと思うの」
「そうだよなぁ。となると、20数年前に来た誰かが、おかしな物を持ち込んだ? でもそれなら、持ち込んだ奴がビビる必要はないよな」
「そうよねぇ…。アムロ! ここよ。この壁が一番強い」
「壁? 何で壁?」
俺はララァの示した壁を両手で触り、軽くノックしてみる。すると、壁の向こうに空洞が存在している事に気づく。
「空洞がある。この向こう…」
「違うわ、アムロ。これは壁を装った扉よ」
「扉?!」
「ええ。ブライトさんから預かった鍵束の中で、唯一使用先がわからない鍵があるって聞いたでしょ」
「ああ。何処の扉にも挿し込めない、鍵に見えない、わけの判んないやつがあるって言ってたね」
「それ、この穴に当てはまると思う」
ララァの示したのは、床に接した所にある、一見すると釘穴かと思われる穴だった。
「開ける?」
ララァが俺に決定権を委ねた。
正直言って怖かった。
館を前にして感じた不快感が、この扉もどきの前に立った時から再燃していたから…
だが、ここまで来て、原因をはっきりさせないまま引き返す事は、ミステリーハンターと称している己の矜持が許さなかった。
「鬼が出るか、蛇が出るか。はたまた財宝を発見する扉か。ここは度胸で開けるしかないだろ?!」
俺はそう言うと、ララァから鍵を受け取って、不可思議な穴へと挿し込んだ。
それが、更なる不思議への扉になるとも知らずに
2011/06/08