destin ②
「後遺症?」
以前、新一のあまりの不機嫌さに、平次はその理由を尋ねたことがあった。
「さぁな。でも体調崩しやすくなったのも、特に朝の低血圧はコナンから元に戻った後だしよ」
「医者には診てもろうたんか?」
「あぁ。…現代の医学では解明できません、だと」
そのとき、あまりにも淡々と話す新一にひどく驚いたのを覚えている。
「治療法無し、かぁ」
本人がさして気にしていないのだ。
自分が暗くなってどうする、となるべく深刻な雰囲気にならないよう、そう呟いたとき。
「………いつ身体が壊れてもおかしくねぇんだ。だから」
視界の端には、僅かに瞳を曇らせた新一がいた。
その言葉を聞いたとき、またもやひどく驚いたものだ。
何が気にしてへん、や。
自分の体のことやのに、そんなわけないやろ。
アホちゃうか、俺は。
「すまん」
「は?」
突然謝られた新一は、きょとんとして首を傾げた。
が、すぐに顔をしかめる。
「何、同情してんの?」
声の鋭さが増し、平次が驚いて顔を上げると、新一の瞳は僅かに剣呑さを孕んでいるように思えた。
平次は慌てて訂正する。
「ちゃうがな!…ただ」
「ただ?」
「…ただ……俺はいつもお前を…あー、何てゆうたらええんかわからんのやけど、……いつも見誤っとるなぁて思うて」
「見誤る?どういうことだ?」
剣呑さは消え、純粋に疑問を投げかけられた。
平次も自分自身よくわかっていないので、唸るしかない。
「む~、…理解出来てないっちゅーか」
「はぁ?………馬鹿かお前?」
ようやく絞り出した言葉は新一によって呆気なく一蹴された。
意外な反応に平次の方も驚嘆する。
「なんでや」
「他人なんか理解出来るわけねぇだろ。自分自身でさえよくわかんねぇ時もあんのに」
さも当然の如く新一は肩を竦める。
「………せやけど、ある程度は理解せえへんとままならん時もあるやろ?」
「だからある程度でいいんだよ。他人を全部理解してしまったら、あぁこういう一面もあるんだな、っていう新しい発見もなくなるんだぜ?そんなの、つまんねーじゃん」
そう言って珈琲を啜る新一を、平次はじっと見つめた。
「…かなわんなぁ」
こういう柔軟な発想ができる新一に、やはり情景の念を抱かずにはいられない。
「当たり前。俺を誰だと思ってる」
「……ナルシストなとこもかなわんわ」
このような根拠のない自身に対する絶大な信頼も、なぜか、新一が口にすると納得出来るものになるのだった。
「…珈琲いれてやるっつったのはどこのどいつだよ?」
「おわっ?!工藤、もう上がったんかいな!」
背後から投げかけられた文句におっかなびっくりした平次は、胸を押さえながら「後ろに立つなや~」と声を漏らした。
「テメェが気付かなかったんだろうが」
ふん、と鼻を鳴らし、新一は濡れた髪をわしゃわしゃと拭く。
あまりの雑さに、見かねた平次が溜め息をついた。
「もちっとどうにかならへんのか?」
「は?…わっ!離せ、自分で出来る!」
「出来てへんから俺がやっとるんや。大人しゅうしとれ、コナンくん?」
新一からタオルを奪い取り、風邪を引かないよう、丁寧に拭いてやる。
一方、新一は子供扱いされているのが気にくわないらしく、髪を拭かれながら小さく唸った。
「…後でぜってー後悔させてやる」
「おぉ、こわいこわい」
肩を竦めて見せる平次に、新一は子供っぽく頬を膨らませた。
芸術品のような美しい笑顔の裏に垣間見る大人の一面も、このような子供っぽい仕草も、やはり総称して工藤新一なのだ。
高校から約二年の付き合いで、まだまだ新しい発見がある。
これからも新しい一面をそばで見ることが出来るよう、いつまでも付き合いが続いてほしい。
口にこそ出さないが、平次は独りそう願うのであった。
「ゾロ!早くしねーと遅刻すんだろうが!」
「るせぇ、今行く」
「ったくよー。俺が運転すんだからな?テメェじゃ目的地に着きゃしねーし」
「…ちょっと黙ってろ。大体お前、道わかんのか?」
「はん!テメェに聞くよかナビに頼ったが百倍マシなんだよ」
「ほう、じゃテメェはナビだけで着けると思ってんのか。…甘いな」
「何が『ふっ、甘いな』だ!ナビの使い方もわかんねーマリモがカッコつけてんじゃねーぞ!」
「誰がマリモだ、この素敵眉毛!」
「工藤、はよせぇ!遅刻してまうやないかい!」
「るせぇ、耳元で怒鳴るな」
「だったらせめてもちっと急ぐ素振り見せぇや」
「一緒懸命やってんじゃねーか」
「呑気に珈琲啜っとる奴の台詞か!」
「だってあちぃもんよ。誰かさんが用意してくれてないから」
「…結局は俺のせいなんやな」
慌ただしい出立。
とにもかくにも、サンジとゾロ、そして平次と新一は、それぞれ目的地である師匠の家まで車を走らせるのであった。