鳥籠に咲くは哀色の華
前日譚
ここは明るすぎる。
それがこの場所に初めて足を踏み入れた澤村の感想だった。
もう日が沈んでからずいぶんたつというのにここはとても明るく人々を照らしている。
きらびやかな光に包まれたこの場所は同じ目的を有した者たちでとても賑わっていた。
その人々の間をすり抜けるようにして少し先を歩く東峰を追う。
隣に並んで歩きだすと、東峰が口を開いた。
「大地は俺より金持ってるんだし、もっとこういうとこ遊びに来たらいいのに」
「俺はお前みたいにチャラチャラしてないんだよ」
「酷い!」
なんていういつものやり取りを交わしながらゆっくりと両側に並ぶ見世の前を歩いていく。
とは言っても初めて遊廓へと足を踏み入れた澤村にはどこへ向かっているのかもさっぱりわからない。
ここへ来たのも、東峰が最近ハマっている子がいるというので暇潰しがてら見に来ただけだ。
東峰に、少しくらい遊びを覚えなくては男としてダメだというようなことを延々と言われてイラつきを覚えたせいもある。
当然その後、東峰を一発どついてやったのだが。
「まぁ、別に遊女と床入れなんかしなくたってただ酒飲むだけでも結構楽しいしさ。今日はパーっと遊ぼうよ」
そこまで言うとふと東峰が一つの見世の前で立ち止まる。
つられて澤村も立ち止まった。
「ほら、あれが最近人気の花魁だよ」
東峰にうながされるまま視線を張り見世の格子内へと向けた澤村は、思わず息をのんだ。
そこに見たのは、一人の花魁の横顔。
色素の薄いサラサラとした髪、驚くほど白い肌。
そこにぽつりと浮かぶ泣きボクロがハッとするような色気を滲ませている。
澤村は息をするのも忘れ、食い入るように見つめていた。
ふと、その視線を感じたのかその横顔がゆっくりとこちらを振り返った。
目が、合う。
「……!!」
それは、今まで感じたことのない衝撃だった。
正面から改めて見ると、先ほど感じたのは間違いではないと確信させる美しさがそこにはあった。
紅をひいているのだろうか、白い肌に紅い唇がとても良く映えている。
真っ直ぐこちらを見つめた瞳はとても澄んだ色をしているのに、その瞳は憂いを帯びていて、ずっと見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。
澤村は雷に撃たれたようにその場に立ち尽くした。
目が合った彼は、とても驚いた表情をした。
その直後に白い頬を赤く染めた。
それを見て澤村は初めて自分が不躾なことをしていることに気付き、慌てて目をそらした。
「大地?」
少し後ろから東峰の怪訝そうな声が聞こえる。
気付いたときには澤村は東峰の胸ぐらを掴んでいた。
「えっ?! だ、大地?!」
「…名前は」
「名前?」
「あの人の、名前は」
「え? あ、ああ、菅原太夫だよ」
「菅原…」
名前を聞いて澤村の力が緩んだので、東峰はホッと息をついたがその直後にまた力強く掴まれて再びたじろぐ。
「どうやったら会えるんだ?」
「えっ会うって菅原太夫を買うってこと? 妓楼で指名すれば会うことは出来ると思うけど…。 で、でも今人気あるみたいだし馴染みにでもならないとなかなか会うのも難しいんじゃ…」
「詳しく教えろ」
東峰から詳しく聞き出した澤村は、その場に東峰を残してさっさと歩き出した。
「だ、大地! 待ってよ」
慌てて東峰がその後を追いかける。
ずんずん歩きながら澤村は拳を握りしめた。
菅原。菅原太夫。
目が合った時の彼の表情が、目に焼き付いて離れない。
会いたい。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
この気持ちの正体は彼に会えばわかるだろうか?
彼に会いたい。声が聞きたい。話をしたい。
「…必ず、会いに行く」
この気持ちの理由を、確かめるために。
―――それは、物語の始まり。
作品名:鳥籠に咲くは哀色の華 作家名:今井鈴鹿