鳥籠に咲くは哀色の華
それから澤村はたびたび菅原の元を訪れるようになった。
会いに来ると決まって一緒に酒を飲みながらただ雑談だけして帰っていく。
内容も町では今こんなものが流行っているなどのたわいのないものばかり。
そんな客は澤村だけだった。
ある時、いつものように菅原に会いに来た澤村に、菅原は意を決して口を開いた。
「なぁ、大地」
「ん? どうした?」
座敷の窓の側で酒と食事に手をつけていた澤村がこちらを見る。
その視線に少したじろぎながらも平静を装って彼の盃に酒を注ぎつつ菅原は続けた。
「大地は…その。俺と、色事とか…そういうこと、しないの?」
「…抱いて欲しいのか?」
真面目な顔でそう返されて菅原は慌てて首を振る。
「えっ!? い、いや、そういうわけじゃないけど。ただ…それが、普通だと思ってたから」
それを聞いた澤村は少し考えるように動きを止め、それから箸を置いて窓の外を見た。
「スガはここに来て長いんだっけ」
「…? うん。物心つく頃にはもうここにいたよ。両親のこともよく覚えてない」
あるのはここで暮らしてきた灰色の記憶だけ。
「じゃあさ、この窓から見える空しか知らないだろ?」
「…うん」
「スガが知っているのはここの中のことだけ。外の世界がどんな風なのか知りたいと思ったことはない?」
「…ないよ。俺の生きていくところはここだけだし、外に出ても行くところなんてない」
外の世界に、自分の居場所なんてない。
「そっか」
視線を伏せた菅原に視線を移した澤村は再び口を開く。
「俺さ、スガと話すのが楽しいんだよね」
「え?」
「どんな話題でもいい。外の世界のこと、ここの中のこと。スガが普段どんなこと考えてるとか。もっともっと色んな話ししたい。スガのこと、もっと知りたいんだ」
「!」
ふいに真剣な表情で見つめられ、どきりとする。
「ここでこの窓から何を見てきたのか、とか」
「…俺のことなんて、知っても楽しくないよ」
「じゃあ、俺のことをもっと知ってほしい。俺が外では何をしてるとか」
「大地はこの町にある商家の息子なんだろ」
「うん。そういうどうでもいいことも含めた色んなこともっとたくさんスガと話したい。それにはそういうことしてる暇なんてないんだよな」
「…何それ。変なの」
「そうか?」
あははと笑いながら盃を傾ける澤村を菅原は不思議な気持ちで見ていた。
ここに来る客は会話や食事はそこそこに菅原と肌を重ねることを目的として来る客しかいないのだと思っていた。
実際今までそういう客しかいなかったし、澤村以降に馴染みになった客ともすでに肌を合わせている。
澤村の行動は普通に考えても変わっていると言わざるをえないだろう。
だからこんなにも気になるのだろうか。
他にはいない、変わった人だから。
それがいつもと同じ変わらぬ夜を少しだけ変えていることに、菅原はまだ気づいていなかった。
作品名:鳥籠に咲くは哀色の華 作家名:今井鈴鹿