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芽生え始めた恋の5題

触れた部分が脈打って

「あれ? そーいえば瞑想の時栄口の隣ってあんまりないな!」
 ニカッと笑ってオレにそう言うのは田島悠一郎。うちのチームの頼れる四番。
「うん、あんまりっていうか、多分初めてじゃないかなー?」
 オレは笑ってそう答える。
 多分、なんかじゃなくて。
 正真正銘初めてだ。
 ストレッチの流れで並ぶことが多いから、オレは背の近い泉や水谷と並ぶことが多くて。田島は田島で、いつも三橋と一緒だろ?
「そうだっけ?」
 あれ? と首を傾げる田島にオレは苦笑する。
「そうだよー。だって、田島いつもストレッチもキャッチボールも三橋とやってるだろ?」
 うん、そう。
 田島と三橋はクラスも一緒だからなのか仲がいい。
 なんていうか、言葉が足りなくても通じ合ってるみたいな感じで、正直ちょっと羨ましい。
 それに持ち合わせている野球の才能。
 試合の度に、一緒に練習をする毎にまざまざと見せつけられる。
 同い年で、体格だってそんなに変わらないのに、と嫉妬すら感じる。
 だからなのか、無意識に羨望の眼差しで田島の背を追うことがここのところ増えていた。
「栄口、よく見てんなー!」
 感心したように田島は目を瞠る。
 オレが田島をよく見てるって指摘されたのだと一瞬思ってドキッとする。
「あ、いや……ッ」
「そーだよな、副部長だもんな!」
 他意なくニッと笑う田島に、内心ほっと胸を撫で下ろした。
 田島が言ったのは個人的な感情じゃなくて、全体のことだったみたいだ。
 ……って、ホッとするとか何でだよ!
 自分で自分に突っ込んでると『はい!』と田島の左手が差し出される。
 周りはもう準備が終わってて、オレは慌てて田島の手を握った。
 触れた途端にぎゅっと握り返されて、どくんっと心臓が跳ねる。
 肉刺だらけでごつごつした、思いの外大きな手。
 才能だけじゃない、これだけ努力もしてんだ……。
 触れ合った手のひらから、じんわりと熱が伝わる。
 子供みたいに温かな手のひらは、心地よくて、もっと触れていたいと思わせる。
 ……って、あれ?
 もっと、って。
 どくん、どくんと速まっていく鼓動。
 じんわりと繋ぐ手のひらに汗を掻く。
 重ねた手のひらから、全部伝わってしまう気がして。
 おかしい!おかしい!おかしい!
 かぁっと耳まで熱くなる。
 これじゃあ、まるでオレ、田島のこと――
 唐突に田島はオレの方を振り向くと、ニッと笑いかけた。
 
 ああ、もうっ!
 一度自覚してしまったら、もう引き返せない。
 せめて、たった今脳裏に灼きついてしまった田島の笑顔を振り払うために。
 オレはぎゅうっとかたく目を瞑った。




ただ目が合うだけで

 何でだか気になった。
 気づいたら、あの色素の薄いやわらかそうな紅茶色の髪を目で追うようになっていた。
 オレがじっと栄口のこと見ていると、たいていほんの数秒のうちに栄口もオレに気づいてくれて。
 栄口はいつも、一瞬目を瞠ってから、ちょっと照れたようなやわらかな笑顔をくれる。
 心の真ん中がほわっとなるような、栄口のやさしい笑顔がオレは大好きだった。
 だけど、最近おかしいんだ。
 目が合うと、嬉しい。それはいつものことだけど。
 ここんとこ栄口と目が合うと、心の中がほわっとあったかくなるのと一緒に、その奥の方がきゅって痛くなる。
 栄口に笑い返してから、栄口がオレじゃない方を見るとすごく悲しくなる。
 もっともっと、オレのこと見てて欲しい!
 
 体育の時間、短距離走の測定の順番待ちの間、オレはふっと1年生の教室がある階を校庭から見上げた。
 今は1組は確か数学の時間だったはず。
 栄口、数学苦手だって言ってたはずだからきっと授業真剣に聞いてるだろうな。……オレなんかに気づかずに。
 なんだかすごく寂しくなって、オレはじっと1組の教室を見上げる。
 窓側の、前から4番目。栄口の、席。
 こっち気づけ……!!
 オレは念を送るみたいにじっと栄口を見つめ続ける。
『次! 佐藤! 鈴木!』
 体育の先生の声がどっか遠くで聞こえてて。
 どんどんオレの番が近づいてくる。
 ああっ、もう! 早く気づけってば栄口!
『次ッ! 外村! たじ――』
 オレの番?!って思った瞬間。
 バチッと栄口と目が合った――気がした。
 だって遠くて、ホントにオレのこと見てるかワカんない。でも、きっと。
 オレはぶんぶんと栄口に向かって両手を振った。
 そしたら、小さくだけど、栄口もオレに左手を上げてひらひらと。その表情は見えないけれど、きっと困ったみたいに笑ってるんだろう。
 うっしゃーーー!! 俄然ヤル気出てきたっ!
『おいっ、田島っ!』
「はーいはーーい!!」
 オレは飛び跳ねながらスタート位置へと向かう。
 ちらっと振り返って栄口の方を見たら、くすくすとオレを見て笑ってるように見えた。
 目が合うだけで、こんなに嬉しい!
 だけどもっと!
 栄口の中をオレでいっぱいにしたい。
『位置について――用意、』
 パン!という乾いた音と同時に全力で飛び出す。
 覚悟しとけよ、栄口!
 オレたちはまだ、スタートしたばかり。



この鼓動はなんだろう

 なんだか最近やけに田島と目が合うようになった。
 決してイヤなワケじゃない。
 イヤじゃないけど……困る。
 想いを自覚する前なら良かった。
 笑いかける田島に、オレも笑顔を返して。そしたら田島がすごく嬉しそうな顔をするから、オレも何だか嬉しくなって。
 だけど、今は。
 オレが田島に抱いている想いは、どうカテゴライズしても『恋』としか名付けようのないモノで。
 あの真っ直ぐな瞳に見つめられると、オレの気持ちも何もかも見透かされてしまいそうで、一気に鼓動が速くなる。身体が熱を持ってしまう。
 だいたい、あの焦がれるような田島の視線。
 あんなふうに見つめられたら、勘違いしそうになるじゃないか。男同士でそんなこと、あるワケないのに。
 気がつけばオレは、田島と目が合うたびに視線を逸らすようになっていた。
 コレ以上、田島のこと好きになっちゃいけない。そう必死だったのに、田島のヤツときたら。
 目が合わなくなったオレを、何だかオカシイと思ったんだろう。今度はやたらスキンシップが激しくなった。

「さっかえっぐちー!!」
 満面の笑みで、腰の辺りに抱きつかれる。ちょっと、ここ廊下!
「う、わっ?!」
 急なことだったから何も心構えなんかなくて、ぐらりと身体が傾ぐのを慌てて田島が引き寄せた。
「あっぶねー……」
「『あぶねー』じゃないだろー? お前、何考えてんだよ!」
 一気に心拍数が跳ね上がって、まだ心臓は暴走中、だ。
「だって! 最近栄口がこっち見てくんねーから!」
 田島はむぅ、と唇を尖らせる。
「それ、は……っ、」
 その通りなだけにオレは言葉に詰まった。
「オレは栄口にオレのこと見てて欲しいだけなのにさ!」
「な……!」
 何気なく、今田島はすごいコトを言わなかったか?
 見てて欲しいって……どういうコトだよ……。
 自分の都合の良いように考えちゃいけない、そう思うのに。
作品名:テスト 作家名:りひと