テスト
腰に抱きついたままオレをじっと見上げる田島に、体温が上がる。相変わらず、オレの心臓はバクバクいったままだ。
「とりあえず、離せって!」
……じゃないと心臓が保ちそうにない。
「じゃあ、オレが見てももう目ぇそらさない? オレのこと、見てくれる?」
「わ、わかったから!」
とにもかくにもこの状況をどうにかしたくって、とりあえず同意する。同意してしまってから、それはそれで大変そうだって思うけれどもう遅い。
「ホントッ?!」
ぱぁっと目を輝かせて田島はオレを見上げた。
またどくん、と大きく鳴る鼓動。
一体何だってんだよ。
思わずオレはドキドキ言い続ける胸を押さえる。
どうやらオレ、重症みたいです……。
その声をずっと聴いていたい
もうすぐテストの時期がやってくる。
勉強してるより野球やってる方が断然楽しいけど、赤点取ったら試合出してくんないってモモカンが言うから、仕方なくオレはテスト勉強の真っ最中だった。
今日は苦手な古典をやる日、だ。覚えることが多いからいつも点取れねーんだよなぁ……。
「だから、ここは言葉の区切りを正しく覚えるとわかりやすくなるから――」
古典は嫌いだけど、栄口が先生役だから、それだけは嬉しい。
オレは教科書を指さしてる栄口をぼんやりと見つめた。
「一回読んでやるからちゃんと聞いとけよー」
いまいち身の入らないオレにため息をつくと、栄口は慣れたリズムで淡々と教科書の文を読み始める。
ちょっと高いけど、まぁるくてやわらかい声。
するっと耳に入ってきて、心地よい呼吸(テンポ)で紡がれる古の言葉。
栄口の声、ずっと聴いていたいなぁ……。
目をつぶって頬杖ついて、そんなことを思っていたら唐突に栄口の声が止んだ。
「おい、田島ちゃんと聞いてんの?」
栄口の呆れたような声が降ってくる。
「聞いてるって」
「でも今違うこと考えてただろ……!」
お前が赤点取るとみんな困るんだからな……とぼやく栄口。
……困るのはみんな? 栄口は? みんなが困るから栄口はオレの勉強見てくれてんの?
「……栄口のこと、考えてた」
「ふぇっ?!」
じっと上目遣いに見つめて言うと、栄口はびくりとして変な声を漏らした。
「……好きだなぁ、って」
栄口のコトはモチロン好きだけど、栄口の声も好き。
だから、声が、って意味で言ったつもりだった。けど。
「す、好きって、何言って――」
耳まで真っ赤になって、栄口は口をパクパクしてる。
あれ? これって、もしかして。
突如見えてきた可能性に、オレはちょっとだけ言葉を付け足す。
「オレは好きだよ? 栄口のコト」
真剣な顔をしてそう告げると、オレは真っ直ぐに栄口を見つめた。
あとは栄口がこの言葉をどう取るかだよな……。
「う……、」
目の縁まで赤く染めて、栄口は机をじっと見つめたままだ。
もしかして、ってオレ期待してもイイ?
「なぁ、栄口はオレのこと、好き?」
俯いてしまった栄口の顔を覗き込むようにして、オレは訊ねる。
きゅっと唇を噛んで、恥ずかしそうに目を潤ませた栄口は、眉尻を下げて、泣き出しそうに表情を歪めた。
「……好き、です。……田島の、こと……」
元々下を向いていた顔はますます下を向いてしまって、最後の方なんか途切れ途切れだったけれど、栄口言ったよな? オレのこと、好きだって。
「――!! ぃやったぁー!!」
栄口の言葉を頭が理解した次の瞬間、オレは栄口に思いっきり抱きついた。
いつだって眩しすぎる彼
ランナー二・三塁、一打逆転のチャンス。打席に入ったのは田島だった。
スタンドからも、ベンチからも上がる声援。
1塁のコーチャーに入ってたオレは、声も出せずに田島の打席を見守る。
初球・外角低めのカーブが鋭く決まる。バットは空を切ってボールには届かなかった。
二球目・内角の際どいところへのストレート。かわしたつもりがスイングを取られてカウントノーツー。
固唾を呑んで、息もできずに三球目を見つめる。
ボール球にするはずだったのだろう、甘めのスライダーが枠内に入り、鋭いスイングと共に快音が響く。
スタンドからも大歓声が鳴る。
オレが声をかける間もなく、あっという間に田島は一塁を蹴り、二塁へと塁を進めていた。
塁上で、周りに気づかれぬよう、小さくオレに向かってガッツポーズを取る田島。
ドキドキするのと同時にあったかい気持ちになって、オレは目を細めた。
野球の神様に愛された、そのセンスや能力。
何もかもが眩しくて、時折本当にあいつの隣にいるのがオレでいいのかと迷うけれど。
それでも、田島が選んだのはオレなのだから。
オレももっと頑張らないとな……と苦笑して小さく息をついた。
結局試合には4対3で勝利した。
あの田島の打点がなかったら追いつけなかった点数だ。
やっぱり、うちのチームには田島の力は大きいんだよな……そんなことを考えながら歩いていたら、田島が怪訝そうにオレの顔を覗き込んできた。
いつもより、みんなの前より近いその距離に、少しだけドキッとして、何?と笑いかける。
「なー、今日のオレ、どうだった?」
ニッと笑って冗談半分に田島が訊ねる。どうだったも何も、さ。スゴかったって言っても全然普通だから、ちょっと一捻り。
「うん、カッコヨかった」
悔しいけれど、田島と同じ土俵では今のオレでは叶わない。だからといって、卑屈になったりもしない。オレはオレのチームでの役割があるから。でも、やっぱり今日みたいなのは、スゲーなかっこいいなって思う。
思ってもみない言葉が帰ってきて、田島はぼんっと赤くなった。
あれ、珍しい。
オレはちょっとだけ優越感を感じて、にやりと田島に笑いかける。
「どしたー? 顔赤いぞー……?」
「だって、栄口がカッコイイとか言うから……っ」
ぼそぼそと尻すぼみになって、最後には田島はオレから目を逸らしてしまった。
「好きなヤツに、そんなコト言われたら照れるだろ」
そっぽを向いたままそんなコトを言う田島に、オレは目を瞠る。
なんだ。どきどきしてるのはオレばっかりじゃないんだ。田島だって、オレのこと、ちゃんと。
「うん、でもホントにそう思ったから」
何だか嬉しくなって、はにかむように笑うとオレは田島の額ににちゅ、とキスを落とす。
「お、わっ?!」
目をまん丸にして額を押さえる田島。
「び……っくりしたぁ……!」
思いっきり驚かれて、却ってこっちが恥ずかしくなってしまった。
「や、その……頑張ったご褒美? みたいな……」
しどろもどろになって言うと、田島はずいっとオレとの距離を詰めた。
それからいいコトを思いついた時みたいに瞳を煌めかせると、オレを上目遣いに見つめる。
「ご褒美だったら、ちゃんとこっちにしろよ!」
そう言って、田島は自分の唇を指さす。
って、えっ、……オレから、キス、すんの……?
どうしよう、とオロオロしていると『早く早く!』と田島は目を瞑ってキス待ちの顔。
うー……!!
きょろきょろと辺りを見回して、他に人がいないのを確認する。
ごくりと唾を飲み込んで、ぎゅっと目を閉じて。