黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 8
ピカードは歓喜に包まれていた。ようやく囚われの身から解放され、ついに故郷のレムリアへ帰ることができるのである。嬉しさのあまり、数日ぶりに日の光を浴びても大して眩しさを感じず、外の新鮮な空気にさらされても何も感じなかった。何よりもまず嬉しかったのだ。
途中町のあちこちが荒れているようだったが、ピカードの視界には全く入らなかった。
間も無くピカードは町長の屋敷へとたどり着いた。意気揚々とドアをノックし、ドアを開けた。
「ごめんください…!?」
ピカードは屋敷に入った途端に驚いた。屋敷の中は滅茶苦茶に荒らされており、家政婦達はその後片付けをしている所だった。
「あら、ピカード君。疑いは晴れたんですってね」
家政婦は妙なまでに明るく振る舞った。
「おばさん、一体何があったんですか?」
ピカードは今になってようやく異変に気がついた。
「別に何でもないのよ。ちょっと猫ちゃんが暴れちゃってねえ…」
ピカードはそれが嘘であるとすぐに見抜いた。猫が暴れたくらいでは樽から何までが倒されたり壊されたりするはずがない。
「おばさん、とぼけないでください。何かあったんでしょ?」
ピカードは食い下がる。
「本当に大丈夫よ。あ、ピカード君朝ご飯まだでしょ?すぐに用意するわ」
家政婦は絶対に何かを隠していた。そうしているうちにピカードは思い出した。
「そうだ、僕の黒水晶は…」
家政婦はぎくりとした。
「ああ、そうだピカード君、ずっと牢屋にいて体が気持ち悪いでしょ。お風呂に…」
「おばさん!」
ピカードは家政婦に迫った。
「僕の黒水晶は、一体何があったんですか。ちゃんと話してください」
隠し通せるものじゃないと家政婦は観念したのか、非常に申し訳ない様子で昨晩起こった出来事を話した。
「ごめんなさい、そう言うわけで黒水晶は盗まれてしまったの…」
「そんな…、僕の黒水晶が…」
これで再びピカードはレムリアへ帰れなくなってしまった。絶望に包まれていた。
「ごめんなさい、ピカード君、本当にごめんなさい」
家政婦は何度も謝った。
「あの…」
年若いお下げの家政婦がふと切り出した。
「私、さっき外で昨日襲ってきた集団について噂を聞いたんですけど…」
「教えてください!」
お下げの家政婦は話した。
昨晩町を襲撃した蛮族の集団はキボンボという村の狩猟民族だという。元より山奥に住まう彼らであるため、人里に姿を現す事自体がなかった。しかし、狩猟採集の仕方や黒魔術に関わっているということで近隣の村からはとても恐れられていた。
ある時、キボンボで黒魔術の習得を狙う村の族長のアカフブが村の神に祈りを捧げるべく、儀式を執り行う事を決めた。そこで儀式に必要不可欠となる宝石を欲した。
しかし、キボンボ周辺では鉱山がなく、宝石となる原石は一切得られなかった。
そこでアカフブが取った手段とは別の村や町から宝石を強奪するというものだった。そうしてマドラは襲撃にあい、ピカードの黒水晶は盗まれてしまったのだ。
「あたし聞いたことがあるよ、キボンボといえばゴンドワナのかなり野蛮な集団だって」
家政婦は言った。それでもピカードの行動は一つだった。
「僕、そのキボンボって人達の所へ行きます。黒水晶は絶対に取り戻さなきゃ…」
「そんな、とんでもない。ゴンドワナは危ないわよ、魔物は出るし、道のりも険しいし…」
「心配してくれてありがとう、おばさん、でも僕は行きます。どうしても取り戻さなくちゃいけないんです」
ピカードの決意は固かった。家政婦も止めることは諦めて彼の思うとおりにさせることにした。
「分かったわ、ピカード君がそこまで言うんだったらおばさんもう止めないわ。けど行くならしっかり準備してから行くのよ。キボンボまではきっと遠いから…」
「ありがとうございます、おばさん」
ピカードは家政婦に手伝ってもらい、旅の支度をした。準備をし、食事を取ってからピカードはマドラを旅立った。
キボンボ村のあるゴンドワナ大陸は地震や津波による大陸変動で最初離れていたのがインドラ大陸にぶつかった。
これにより本来船を使って移動しなければならなかったのが大陸間の崖を越えることで簡単にゴンドワナ大陸へ渡ることができる。キボンボがマドラを攻めることができたのもこれのせいであった。
インドラとゴンドワナをつなぐ崖までも遠い道のりだった。橋を渡り、森を抜け、どこまでも広がる草原を一人歩いた。
ピカードにとってこんなに広い大地を歩くのは生まれて初めての事だった。
故郷のレムリアは小さな孤島であり、島にはレムリアの町しかなかった。四方を海に囲まれており、決して島から出ることはできなかった。それがレムリアの絶対的な決まりだった。
また、ピカードには思うことがある。文明の進展具合である。レムリアは非常に文明が進んでいた。外界と隔絶されたレムリアでは時間の流れが非常に遅くなり、様々なものが発達する猶予が与えられた。それがレムリアが文明の進んだ理由である。
対してこのインドラ大陸やマドラはどうか。マドラはインドラで一番の町だというが、レムリアとは比べものにならない。建物などはどれも古めかしい。しかし、ピカードはその中にレムリアにはない人の温かさを感じていた。
マドラ町長の屋敷の家政婦だってそうである。ピカードを我が子であるかのように扱ってくれた。旅の支度を誰よりも手伝ってくれたのが彼女である。その優しさはピカードに故郷の母親を思い出させた。
病弱でよく寝ていることが多かった母親。思わぬ事故によってレムリアの外へ出てきてしまい、最後に彼女の顔を見たのはその前日の事である。思い浮かぶのはその時の彼女の笑顔である。
――母さん、元気かな…――
きっと心配していることだろう、一刻も早くレムリアへ帰って母を安心させたい。同時にレムリアの王から託された使命も果たさなければならない。そのためにも、黒水晶を取り戻さなければならなかった。
歩くこと数時間、ピカードは大陸を結ぶ崖へ差し掛かった。
ピカードは立ち止まり、真っ直ぐに崖の先に広がるゴンドワナ大陸を見つめると、意を決して再び歩き出すのだった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 8 作家名:綾田宗