吐く白
死は私たちの周りに当たり前にあって、死の影に私は密かに怯えていた。恐怖心に駆られて死にたいと口走る者も少なくなかったが、私は弱音を吐きたくはなかったし無駄なことはしたくなかったので平気な顔をして日々を過ごしていた。
ある日のおそらく夕暮れ時、どこだかはよくわからない暗い一室で久々知兵助は口走った。
「死にたい奴は死ねばいいんだ」
私は自身の心内を見抜かれたのかと思って言葉を失い、彼に何も返すことができなかった。
冷笑する彼の横顔を知らない人間を見るような気持ちで眺めていた。
それから彼の姿を見なくなって数日後、彼は人目につかず森で死んでいるのが見つかった。服毒自殺をしたらしかった。
私は自分の体裁ばかり気にかけて彼の真意を見抜けなかったことを呪った。彼にもっと踏み込んでいればと何度も夢に見た。けれど同時に孤独で内向的な言葉ほど通じることがないのを私は知っていた。それを易々と無用心に口にしようものなら自然とお互いが離れていくのも。
その日のうちに高々と上った煙を私はおぼろげな頭で追っていった。
煙は赤く光る短い煙草から上がる。その先端を灰皿に押し付けて消した。
私はいくつか歳を取った。海に面した開拓地の広がるビル街、その端の端のアパートで久々知兵助と暮らしている。私はなかなか歳相応の顔つきにはならず、喫煙が原因で補導されたこともあった。
隣で久々知兵助が静かに寝息を立てている。彼は寝相がいい。
しっかりと閉められなかった蛇口から落ちる水滴が静かな朝に一定のリズムでシンクを叩いている。窓の外で欄干から鳥が飛び立つ音が聞こえた。
私たちは先ほどひとつの約束を交わした。もっと歳を取って、社会人になり結婚をして子供を育てて年老いて、それでも生きていれば、二人で暮らそう。そんな足がかりもない約束だった。
私は眠ったままの久々知兵助に目蓋にキスを落とした。
夢を終わる。
私は目が覚めた途端にこの夢を忘れてしまうので、誰にもこの夢を話すことはないだろうし、必要もない。ただ神経のシグナルとして私の脳内で塵みたいに一瞬だけ光る。